『ゴールデンカムイ』俳優・玉木宏の美学がここにあり 鶴見中尉としての“マッド”さ
映画『ゴールデンカムイ』が封切られてから早くも1週間。興行収入では当然のように初登場1位を獲得し、今後の推移が気になるところではあるが、あちこちから称賛の声が聞こえてくるのが現状だ。原作に最大限のリスペクトを示した映像表現はもちろんのこと、やはり各キャラクターを体現してみせた俳優陣の力が大きいだろう。 【写真】『ゴールデンカムイ』森の中で矢を放つアシリパ(山田杏奈) 主役から端役に至るまで誰もが素晴らしいのだが、特筆すべきは玉木宏である。本作での彼の演技には、俳優としての美学が感じられるのだ。 本作は、明治時代末期の北海道を舞台としたサバイバル・アクション。アイヌの莫大な埋蔵金をめぐる、主人公・杉元佐一(山﨑賢人)たちの途方もない旅が描かれていく。もちろん、そこでは敵対する者たちが次から次へと登場し、杉元らの行く手を阻む。玉木が演じる鶴見篤四郎もそんなひとりである。 大日本帝国陸軍第七師団の中尉である鶴見は、情報収集や分析能力に長けた情報将校。彼に忠誠を誓う手練れの部下たちを何人も引き連れ、アイヌの埋蔵金を狙っている。前頭部を日露戦争で損傷したことにより、プロテクターで保護しているのがトレードマークだ。その性格はなかなかに狂気じみていて、埋蔵金の手がかりを得るためならば手段は選ばず、邪魔する者には容赦しない。恐ろしい執着心を持った人物だ。 『ゴールデンカムイ』においてはどのキャラクターにもいえることだが、この鶴見中尉を誰が演じるのかがとくに気になっていたもの。玉木宏だと知ったときには少し驚いたが、そのビジュアルを目にした瞬間に得心した。一気に期待度が上がり、胸が踊ったものである。俳優とマンガ原作のキャラクターとの、ある種の奇跡的な化学反応が起こる機会に立ち会えるのではないかと。 近年の玉木といえば、本作と同様に大人気マンガを実写化した『キングダム』シリーズ(2019年~)の第2弾から登場している昌平君役や『沈黙の艦隊』(2023年)の深町洋艦長役、テレビドラマ『マイファミリー』(TBS系)での犯人逮捕に執念を燃やす刑事役など、クールな役どころが強く印象に残っている。しかしそのいっぽうで、劇場版も公開された『極主夫道』(読売テレビ・日本テレビ系)といった超コミカルな作品にも適応し、その看板を主演俳優として背負ってきた事実もある。 玉木のシリアスな演技とコミカルな演技がいい具合にミックスされて抽出されれば、彼にしかなしえない鶴見中尉像を立ち上げられるはず。これが『ゴールデンカムイ』を鑑賞する前の気持ちである。 実際のところ映画本編に登場する鶴見中尉は、あのマンガのコマに収められていた人物が私たちと同じ世界を生きているのだと思わせてくれるものになっている(むろん、生きている時代は違うが)。その身に血が流れ、脈を打っているのが分かる。呼吸をし、思考が高速で回転し、心が動いているのが分かる。つまり玉木はスクリーン上で、鶴見中尉として生きているのである。 “シリアスな演技とコミカルな演技がいい具合にミックスされて抽出されれば……”などと先述したが、玉木はほとんどシリアスな演技に徹している。これは正解だろう。本作にはコミカルなキャラクターがほかに登場するし、ギャグシーンだってある。彼までそこに乗っかてしまうと作品のトーンが大きく傾く。 これは演出によるものなのか、玉木の判断によるものなのかは分からない。鶴見中尉は特異なキャラクターだ。邪魔な存在の指を噛みちぎったり、主人公・杉元の頬に団子の串を刺したり……目を背けたくなるようなことを平気でやる。そもそも、画面に登場するだけで十分に怪人なのだと分かる。玉木は大仰な怪演に打って出るのではなく、自身のロートーンボイスを活かして淡々とセリフを発し、粛々とアクションを実践。そこにはある種のストイックさが感じられ、これが演技者である彼の美学として映る。 鶴見中尉はマッドな性質を持った非常にクセの強いキャラクターだ。彼の存在がどんなものであるかが、作品の手触りを大きく変える。それほどの重責を玉木は担っている。感情を自身の内部でたぎらせ、そのまま出力することなく抑え込むからこそ、そこから滲み出るものが鶴見中尉の“マッドさ”として映るのではないだろうか。 作品の全体像を見据えた正確なポジショニングと、禁欲的ともいえるパフォーマンスーーこれが、血の通った鶴見中尉に感じる、俳優・玉木宏の美学である。
折田侑駿