日向坂46、デビューからの5年間は“航海” メンバーの卒業で感じた“今”の大切さ
4人がそれぞれの転機を明かす
■■松田好花、休業期間で気持ちに変化「一度離れてみて…」 ――これまでの自身、もしくはグループにとって転機になった出来事はありますか? 平尾:はい!(挙手) 四期生曲を出させていただいて、ポジションでいうと三列目が多かったんです。もちろん場所の問題じゃないですが、悩んでしまうことが初期の頃から多くて“誰にも見られてないのかな……”と思ってしまうことあったんです。 でも、ありがたいことにだんだんと私のことを好きと言ってくださる方も増えてきて、2ndアルバム『脈打つ感情』の四期生曲「ロッククライミング」で初めてセンターをさせていただいたときは、何か一つ自分の中で吹っ切れたなと感じました。 ちょうど『新参物』の期間だったので、ありがたいことにセンターということでたくさんお仕事もさせていただいて、自分の中でも気持ちが前向きに変わったことが多かったなと思います。 松田:私はやっぱり休業した期間ですね。休業する前と後では自分の心の持ちようが変わったのかなと。“人に頼ってもいいんだ”ということを思えるようになって、ありのままの自分をより出せるようになったのかなって思います。休業前は、自覚はなかったんですが振り返ると自分のことに精一杯で周りが見えてなかったような気がするんです。一度離れてみて、日向坂46に対しての愛とかありがたさに気づけましたし、気持ちの面でいちばん変化のあった時期だと思います。 上村:私はまだ転機というものを作れていないかもしれません。そんな中でも昨夏に10thシングル「Am I ready?」でセンターを務めさせていただいたのですが、ちょうどその時期にドラマ『DIY!! -どぅー・いっと・ゆあせるふ-』をやらせていただいたり、1st写真集『そのままで』を発売させていただいたりと一度に大きな夢をたくさん叶えさせていただきました。 去年の夏はポジティブなこともネガティブなことも含め、人生の中でも一番様々なことを考えた時期でもあったんですが、振り返ってみると、光栄な時期だったなと思います。昨夏を転機にできるように、これからがんばりたいですね。 佐々木:転機ってすごく難しいですね……私がすごく心に残ってるのは、渡邉美穂の卒業。けやき坂46のときも日向坂46になってからも同期を送り出したリしていたんですが、美穂の卒業で初めてセレモニーで送り出すという経験をしたときに“あ、このグループでみんなとやることって永遠じゃないんだな”とすごく実感したんです。 それまでは未来を結構ぼんやりと見ちゃっていたんです。美穂が卒業して羽ばたいていくところを見てから、本当に一瞬一瞬が大事な活動をさせていただいてるんだなと改めて思うようになって、そこからメンバーや活動に対する意識が変わりました。その時の気持ちや思いをちゃんと大事にしようと思うようになりました。セレモニーという形でおめでとうを伝えて、送り出せる嬉しさもあったので、自分より先に卒業するみんなのことをそうやって送り出せたらいいな……そういうグループであるためにがんばろうと思いました。 ――メンバーの卒業を経て、メンバーと活動できる今の尊さを実感できたと。 佐々木:おひさまも言ってくださる「推しは推せるときに推せ」という有名な言葉もありますが、私も「メンバーはメンバーであるうちに推せ」みたいな気持ちで活動したいです。 ■■これまでの5年間は“ハッピージャーニー”「荒波も凪も」 ――新たな名言が生まれましたね。では最後にここまでの5年間を一言で表すと、どんな言葉になりますか? 佐々木:会議しましょう! いろいろあったもんね…… 松田:一言か~! なんだろう…… 上村:う~ん…… 平尾:難しい! 佐々木:航海! レグレットじゃない、ジャーニーのほう! ハッピージャーニー! 松田:素晴らしい!! 平尾:久美さんが船長です! 上村:確かに。荒波も凪もあって。 佐々木:新しく仲間が乗ってきたり降りたり。島に寄っていろんなことを経験していく。これまでの5年間を一言で言うとハッピージャーニー! これからも続いていく航海だと思います! ■日向坂46 日向坂46は、秋元康氏プロデュースの女性アイドルグループ。2015年11月に「けやき坂46」として結成され、2019年2月に現在のグループ名である「日向坂46」に改名。3月1日からグループ初の展覧会『WE R!』を六本木ミュージアムで開催中。4月6日・7日に神奈川・横浜スタジアムで5周年ライブ『5回目のひな誕祭』を開催する。デビュー5周年を記念した公式BOOK『H46 MODE vol.1』(光文社)が現在発売中。
神尾拓麻