都市と田舎の新しい可能性――「地方創生」からの10年を考える――
中川 秀一(明治大学 商学部 教授) 日本政府が2014年に「地方創生」と名づけられた取り組みを始めてから、10年の歳月が過ぎました。地方の労働人口の減少や生産拠点の衰退といった問題は、いまだ根本的な解決を見ていません。他方で、気候変動やサステナビリティなど地球規模の関心が高まる中、これまで以上に「田舎」は注目されるべき存在となっています。
◇持続可能な社会の鍵は「田舎」が握っている 高齢化と人口減少、災害に対する地域コミュニティの防災機能の低下など、「田舎」と呼ばれてきた地域社会の存続が、現在の日本社会全体をめぐる大きな論点となっています。様々な予測が指摘しているように、これまで各地域でさまざまに営まれてきた生活を維持することに対する困難がますます大きくなっているともいわれています。 その一方で、国土・資源の管理の重要性に対する認識や、都市的な生活様式とは異なる暮らしへの関心も高まってきています。「地方消滅」のような語とあわせて「田園回帰」という言葉が広く用いられるようになってきているのは、こうした状況を端的に表しているからだろうと考えられます。 元総務相の増田寛也氏による「地方消滅論」は、日本の総人口が長期的に減少している要因を、人口再生産の地域差と地域間人口移動から明快に説明し、国家戦略による人口減少社会への対応の必要性を提起し、注目を集めました。 人口の自然減少により896の地方自治体が消滅する可能性があるとしてその自治体名をリストアップし、地方自治体関係者に危機感と緊急性を喚起する方法は、今日の地方創生政策の起点ともなりました。一方で、出産年齢の女性人口の割合に着目した人口構造変動の予測に基づいて地域の消滅を予言する手法に対しては、「ショックドクトリン」との批判もあります。地域の主体性に対する関心が欠如している傾向も見逃すことができない問題点です。 一方、「田園回帰論」(明治大学農学部の小田切徳美教授の問題提起に端を発する一連の議論)は、農村志向の社会的高まりや地域づくりへの関心によって、地方消滅論に対峙してきました。 まず、田園回帰」は、20世紀の「都市化の時代」とは異なる、地方の町や農村におけるライフスタイルへの関心の広がりを示す概念です。この間、全国的に展開され、広がりを見せてきた関係人口論や二地域居住、地域おこし協力隊等の外部サポート人材の導入のような動向や施策は、都市から農村への(とりわけ若者の)移住志向の高まりに即したものといえるでしょう。 端的に言えば、「地方消滅論」は地方からの人口流出を押しとどめようとするのに対し、「田園回帰論」はむしろ地方と大都市との間や地方間の人口の交流・対流を促そうとする施策を志向している点に大きな違いがあります。農村移住もそのひとつの表れといえるでしょう。 さて、この「地方消滅論」と「田園回帰論」の議論が起きてから、早いもので約10年が経過します。いまだ地域は楽観できる状況にはありませんが、注目するべきはこの間、SDGsに代表される「持続可能性」へのコミットメントが社会的に強く押し出されるようになってきていることです。 気候変動対策も含め、持続的な社会のあり方を考えるうえで、農山村などのこれまでの地域の暮らし方を見直し、生かす方策が見出されることに大きな意義があるでしょう。「脱炭素」や「循環する経済」といった語のように、社会経済全体のあり方を問い直す概念が用いられるようになってきました。その意味を、地域社会・地域経済の文脈からよく考えてみる必要性が増していると思います。