「自民党をぶっ壊す」くらい言っていればよかったのに 石破総理は日本をどうしたいのか分からない(古市憲寿)
『荒木飛呂彦の漫画術』という名著がある。「ジョジョの奇妙な冒険」で有名な漫画家の荒木さんが、自身の漫画術を惜しみなく公開した一冊だ。もし総選挙前の石破茂総理が読んでいたら、今の日本の政治状況は変わっていたかもしれない。
別に石破さんよ、漫画家を目指せという意味ではない。この本には人気キャラクターを作るための神髄が詰まっている。総理大臣は、いわば日本を代表するキャラである。いやいや、実在の総理と漫画は違うでしょという人は、まず本の内容を知ってほしい。 荒木さんいわく、キャラクターを作る時に一番大事なのは「動機」だ。主人公が何をしたいのか、行動の理由が分からないと、読者は感情移入できない。 さて、この動機を達成する時、読者が最も共感するパターンは何か。それは主人公が勇気を見せる時だという。時代錯誤な言葉を使えば「男気」に近いのかもしれない。 魅力的な主人公は孤独でもある。難問を自分で解決する、究極の選択に対して自分で責任を持つ、というように主人公は孤独にならざるを得ない。たとえ社会のルールから外れても、正しく美しい真実を追い求めるのがヒーローである。
さて、その主人公をどう物語に組み込むべきか。荒木さんによれば、キャラクターは必ず成長するように描くことが重要だ。理想は、ページをめくるたび、主人公が困難に見舞われるものの、そのつど勝っていくようなパターン。ここで重要なのは「常にプラス」であること。 並みの作家は、つい主人公を負けさせたり、挫折させたり、物語をマイナスにしてしまう。だが人気漫画は「常にプラス」でないといけない。荒木さんが嫌いなのは、スーパーヒーローが「やめたい」と嘆くような物語だという。「何で活躍しないの」「どうせラストで活躍するなら早くなってよ」と思われてしまう。 さて、この人気キャラの法則を石破さんに当てはめるとどうなるか。総裁選まではよかった。自民党内で反主流派として振る舞うことで、人気を獲得してきた。孤独に見えるのもよかった。 問題は総理大臣になってからだ。いきなりキャラ変が起きてしまったのだ。動機や勇気を失い、自民党に飲み込まれたように見えた。明らかに「マイナス」に向かって自身のキャラクターを変えてしまった。そりゃ、人気なくなるよね。石破さんのキャラを考えれば「自民党をぶっ壊す」くらい言っていればよかった。 同時に思うのは、果たして石破さんにまだ「動機」はあるのか、ということ。閣僚人事を見ても、日本をどうしたいのかが分からなかった。政治家を志した日、総裁を目指した日、抱いたはずの「動機」はただ見えなくなったのか。それとも、そんなものは初めからなかったのか。あったとしても、総理でなくても実現できる程度のものだったのか。 『荒木飛呂彦の漫画術』は新人やベテランを含めて全政治家に読んでほしい一冊である。 古市憲寿(ふるいち・のりとし) 1985(昭和60)年東京都生まれ。社会学者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。日本学術振興会「育志賞」受賞。若者の生態を的確に描出した『絶望の国の幸福な若者たち』で注目され、メディアでも活躍。他の著書に『誰の味方でもありません』『平成くん、さようなら』『絶対に挫折しない日本史』など。 「週刊新潮」2024年11月21日号 掲載
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