味方から握手拒否、代理人と大喧嘩 募る妻への申し訳なさ…夢の海外挑戦は「どうでもよくなった」【インタビュー】
初めて降り立ったベルギーの地、初日はまさかの“市中観光”
初めて降り立ったベルギーの地。ブリュッセルの駅には現地の代理人が迎えに来ている、と伝え聞いていた。だが、探しても探しても見つからない。「本当に『詐欺じゃねえか』と思ったくらいですけど、『Yoshiaki Ohta』って小さいダンボールを持っている人がいました」。この人物は代理人ではなく、代理人の知人だったよう。車に乗せられると、代理人の自宅に連れて行かれ、食事を振る舞われた。いきなり練習参加だと覚悟を決め、気合十分に翌朝、代理人と合流すると、連れて行かれたのは、まさかの“ベルギー観光”だった。 言葉はほとんど通じなかったが、現地の代理人は親切だった。スタジアムやブリュッセル駅、ベルギーの観光地を車で回り、一生懸命、その場所のことを説明してくれた。お互いが話していることは理解できていなかったが、2人で肩を並べて写真も撮った。「観光するなんてなかったんで、すごく有難い経験になりましたね」。張り詰めていた緊張感が少し和らいだ1日を経て、翌日いよいよKVメヘレンの入団テストがスタートした。 「これまた初日はめちゃくちゃ良かったんです。2日目以降、少しずつ落ちましたけど、それでもなんとかいいプレーはできていました。正直、自信もありましたし、練習中の評価はそんなに悪くなかったと思っていました」。これまでにない手応えを感じていた。迎えた最終日に行われたトレーニングマッチ。期待の大きさか、太田氏はクラブから背番号「10」のユニホームを手渡された。 前半、決定機こそさほど作れなかったが、ドリブルで突破してクロスを上げるなど「なんとか無難にできた感じだった」という。だが、後半、太田氏の下半身を異変が襲う。「足がパンパンになって動けなくなっちゃって……。つり始めてしまって、そこから全然動けなくなってしまったんです」。対外試合は実に5か月ぶりだった。万全ではないコンディションでの試合で早々に限界がきてしまった。チームも先制を許して劣勢に。90分、ピッチに立ち続けたものの、試合には敗れ、アピールもできなかった。 ショッキングな出来事は試合後に起きた。その日まで言葉が通じないながらもコミュニケーションをとってくれていたチームメイトたちに、試合後の握手を拒否された。トレーニングマッチとはいえ、90分走り切れるコンディションになく、チームの足を引っ張ることになってしまった。不満に思われ、冷たい態度をとられても致し方なかった。 練習場からの帰り道、車中で現地の代理人から不合格を伝えられた。シェンゲン域内に滞在できる期間はあと1日。海外挑戦の旅が実質、終わりを迎えたことを意味していた。現地の代理人からはヨーロッパに留まるよう説得された。「フランス2部のクラブとか、どこか探してくるからって言ってくれて。日本の代理人と帰る、帰らないで大喧嘩しましたね。今思えば、代理人が言っていることが間違いなく正しいんですけど、どうでもよくなっちゃっていて……」。移籍が叶わなかった無念と自分の不甲斐なさ……。渦巻くさまざまな感情に支配され、冷静さを失って自暴自棄になっていた。ただ、ルール上、シェンゲン域内に留まることは絶対にできない。やるせない感情を抱えながらベルギーを離れ、三度目のイギリスへ。海外挑戦の夢を諦め、失意の中で帰国を決意する。(次回へ続く) [プロフィール] 太田吉彰(おおた・よしあき)/1983年6月11日生まれ、静岡県出身。ジュビロ磐田ユース―磐田―仙台―磐田。J1通算310試合36得点、J2通算39試合4得点。トップ下やFW、サイドハーフなど攻撃的なポジションをマルチにこなす鉄人として活躍した。2007年にはイビチャ・オシム監督が指揮する日本代表にも選出。2019年限りで現役を引退し、現在はサッカー指導者として子どもたちに自身の経験を伝える活動をしている。
福谷佑介 / Yusuke Fukutani