血管修復パッチで「心臓病の子供救う」産学の垣根越えて 困難極めた10年超、執念の実用化
生まれつき心臓に病気がある赤ちゃんの手術用に開発された新たな修復パッチ「シンフォリウム」の販売が12日から始まる。町工場と大手メーカー、研究機関。産学の垣根を越えた異色のプロジェクトは10年超に及んだ。「絶対に成功させる」。実際の手術にも立ち会った担当者たちの執念が小さな心臓に寄り添う製品を生み出した。 【写真】新たな修復パッチ「シンフォリウム」 「なんて時間がかかる案件なんだと思ったが、終わってしまえばあっという間。これで子供たちを救えると思うと、わくわくする」 福井市のニット生地製造会社・福井経編(たてあみ)興業の高木義秀社長が笑顔で語る。シンフォリウムの骨格は2種類の糸を高度に編み込んだ生地で形成されている。同社が長年培った高い技術力がこれを可能にした。 同社が畑違いの医療機器に挑戦するのは、実は今回が初めてではない。 約10年前、難しいとされていた絹を編み上げる技術を確立させたことがきっかけで、東京農工大のグループと絹を使った人工血管の開発に着手。小口径の人工血管の実用化に道を開いたとして注目された。そしてこの業績に目をつけたのが、大阪医科薬科大教授で心臓血管外科医の根本慎太郎さんだった。 先天性心疾患の手術に使う従来のパッチは伸縮性がなく、埋め込めば再手術が必要になる。費用は数百万円で、6歳未満なら自己負担は2割、さらに高額療養費制度により減額されるとはいえ、患者側の負担は決して小さくない。心臓の成長に対応できるパッチが求められていた。 「当初、根本先生からシンフォリウムのアイデアを聞いたときは、正直深入りすると大変だなと思った」と高木さん。製品の不具合は命に関わる。責任の重さに尻込みする気持ちもあった。 開発段階で高木さんは、根本さんが執刀する先天性心疾患の子供の手術に立ち会った。 通常、心臓の手術は、人工心肺装置を使い、いったん心停止させた状態で行う。手術が始まり、人工心肺に切り替わると心拍などを示すモニターが波形からフラットに変わった。数時間経過した手術の終盤、再び心臓を動かす段階に。高木さんは食い入るようにモニターを見つめた。 「頑張れ、頑張れ」。ピンポン球程度の心臓が再び脈を打つ。フラットから波形へ、小さい体が刻む懸命な鼓動に涙が止まらなかった。「絶対にプロジェクトを成功させる。あのとき、そう強く思った」