『大奥』“家定”愛希れいかが残した希望 志半ばで断たれた思いは14代将軍・家茂へ
井伊直弼(津田健次郎)の悪役なりの矜持が光る
そんな胤篤を、瀧山は家定がどのように生きることを望んでいるのかを考えてほしいと諭す。だが、その家定がもうこの世のどこにもいないという事実を胤篤は受け入れられない。そこにきての、家茂の「ご先代様が私に何かを望んでおられたことがあるならば、そのお望みにお応えすべく努めたい」という言葉だ。生きている内に何度も会っていたわけではないが、この国の行く末を真剣に考えていた家定の姿勢を家茂は見ていたのだろう。 家定の一番近くにいた胤篤も知っていた。彼女が「日本を身分も男女の別もなく人を取り立てることで小さいけれど強い西洋列強に立ち向かう国にしたい」と願っていたことを。それは亡き正弘が目指していた国のあり方でもある。正弘も家定も、いや振り返ってみれば、吉宗(冨永愛)や青沼(村雨辰剛)、平賀源内(鈴木杏)もそうだった。皆志半ばでこの世を去ったが、生きている間に蒔いた種はこうして芽を出す。 執念とも言えるかもしれない。それを侮っていたがゆえに返り討ちにあったのが治済(仲間由紀恵)だが、同じ悪役でも井伊には矜恃があった。家康の時代から徳川家に仕えてきた井伊家の人間として、たとえ意見が合わない主とも渡り歩き、民を導いていくという矜恃が。それが伝わってくる「たとえ目の上のたんこぶであろうと主は主! 主君を害することなど断じてありませぬ!」と胤篤に訴える口上で、井伊を演じる津田健次郎の真価が光る。他の者の反感を買うやり方ではあったが、井伊は井伊なりに日本が西洋列強の属国とならぬ道を探っていた。その井伊も桜田門外の変で暗殺されてしまうが、家茂は彼の思いも受け継ぎ、天璋院と名を改めた胤篤や瀧山と共に幕末の乱世を駆け抜けていくこととなる。
苫とり子