『きのう何食べた?』が提示した“他人でも身内”の考え ケンジの言葉選びに詰まった愛
人気漫画家・よしながふみの同名コミックが原作のドラマ『きのう何食べた? season2』(テレビ東京)。第10話では、西島秀俊演じる筧史朗(以下、シロさん)が、内野聖陽演じる矢吹賢二(以下、ケンジ)の家族と対面する。 【写真】シロさん(西島秀俊)からハーゲンダッツを渡され笑顔のケンジ(内野聖陽) ケンジはシロさんに、母・峰子(鷲尾真知子)から「シロさんに会いたい」と言われたことを打ち明けた。峰子の思いに答え、シロさんとケンジはケンジの家族と上野の老舗鰻屋で会食をすることになるが、峰子がなぜ急に言い出したのか理由がわからず、2人揃ってガチガチに緊張してしまう。 シロさんとケンジの緊張する様子は、観ているこちらも緊張してしまうほど臨場感がある。シロさんは落ち着き払ってはいるものの、よく見ると体に力が入っている。ケンジは母の真意を掴めず、その困惑と緊張で顔も体もこわばっている。ケンジの家族が到着しても、2人の緊張は解けなかった。 姉の政江(明星真由美)と智恵子(金谷真由美)ははじめから2人に笑顔を向けており、席に着くとシロさんについて「すっごく素敵な人じゃないのよ!」「写真よりずっといい感じ!」と盛り上がるのだが、峰子は1人冷静だ。席に着く前、ケンジは峰子の神妙な面持ちに気づく。峰子のただならぬ雰囲気に、ケンジの引きつった笑顔が一瞬でなくなる。気持ちのゆとりがなくなって、気まずそうに目を泳がせるケンジに思わず笑ってしまう。会食の途中、シロさんとケンジはお互いを気にかけるように目配せをするのだが、大切な人の家族に会うというイベント特有の気が張る感じと気を配る感じが伝わってきて、現実味がある場面だった。 2人揃って緊張していたものの、シロさんの礼儀正しさや政江と智恵子の朗らかさ、美味しい食事もあいまって、会食は和気あいあいと進んでいく。だが食事を終えると、峰子が深刻そうな雰囲気で話を切り出した。普段とは違う雰囲気を察して動揺したのか、むせてしまうケンジの不安げな顔が面白い。 峰子が明かした心の内は、ケンジとケンジの大切な人であるシロさんに向けた、思いやりに満ちたものだった。 もし、ケンジが亡くなってしまったら、そして自分たち家族がケンジの大切な人であるシロさんと顔を合わせたことがなかったとしたら、シロさんは「ただの友人の一人」としてしかケンジを見送ることができないんじゃないのか。峰子はそんなことを考えた。 「筧さんは、ケンジのことはもうご自分の身内同然と思っていてくださるんでしょう?」 「だからこうやって家族全員で顔を合わせておけば、何かあった時、筧さんも私たちと一緒にケンジを見送れると思ったんです」 峰子の言葉に、シロさんの胸は一杯になったことだろう。けれど、社会的に見た自分の立場が頭をよぎってしまう。気を遣わせまいとするような笑顔で、「でも、私の立場はご家族とは……」と返すシロさんの素振りは、どこか苦しげで、切ない。そんなシロさんに、峰子は穏やかながらもはっきりとした口調で伝えた。 「他人でも、身内ってことはあると思うのよ」 大事な息子の大切な人を思う峰子のまっすぐであたたかな人柄が伝わってくる。峰子の言葉を噛み締めるようにシロさんは涙ぐんでいた。 知らなければ他人になってしまうと考えた峰子の心遣いも心に染みるが、シロさんに寄り添うケンジの言葉も身にしみるものだった。ケンジの家族を見送りながら、ケンジは「今度は割り勘にしようって」「またちょこちょこみんなでご飯食べようねってことだよね」と言う。峰子、政江、智恵子の背を見つめていたシロさんは「そこに、俺もいるのかな」と感慨深そうに呟く。表情こそ微笑んでいたものの、どこか不安げにも聞こえたのは、シロさんの心の中にある「そこにいたい」という本心と社会的に見た立場への葛藤がうかがえるからだろう。そんなシロさんの複雑な心境を、ケンジは誰よりも理解している。 「シロさん、また素敵なお店選んでね」 ケンジの言葉選びにグッとくる。ケンジの返答は「うん」でも「いるよ」でもない。ケンジにとって、そしてケンジの家族にとって、これから家族の場にシロさんがいることはごく当たり前のことになる。シロさんがそこにいることを肯定する、ごく自然な言葉だった。
片山香帆