被爆者の歌声オスロまで響け 10日ノーベル平和賞授賞式 日本被団協代表団が到着 長崎では505回目の反核9の日座り込み
ノーベル平和賞の授賞式に出席するため、日本被団協の代表団がノルウェーに到着した。長崎原爆被災者協議会の田中重光会長や横山照子副会長の姿もあり、授賞式に臨む。被爆地長崎からは授賞式を前に平和を祈る歌声が響き、「2025年こそ戦争のない世界を」とこぶしをあげた。 【画像】若者4人も現地に到着 意見交換へ
全ての被爆者が受賞した「ノーベル平和賞」
日本被団協=日本原水爆被害者団体協議会の代表団は日本時間の9日午前3時半頃、ノルウェーのオスロ空港に到着した。 長崎原爆被災者協議会会長で日本被団協の田中重光代表委員(84)は「亡くなっていった先人たち、そして全ての被爆者が受賞したと思っている。二度と被爆者をつくらないため頑張っていく」と決意を述べた。 授賞式では、被団協の代表委員で13歳のときに長崎市で被爆した田中熙巳さん(92)が、自身の被爆体験や核兵器廃絶に向けた決意などを演説することになっている。 日本被団協 田中熙巳 代表委員は「非常に緊張している。今の核情勢が非常にきつくなっている。今まで被爆者が訴えてきたことをさらに強く訴えて、若い人たちにも引き継いでいただきたいという願いを話したい」と語った。
被爆地の若者が現地で意見交換へ
核兵器廃絶を求める署名を国連に届ける活動を続けている「高校生平和大使」の代表メンバー4人も現地に降り立った。 4人は授賞式に出席するほか、現地の若者と核問題について意見を交わす予定だ。長崎から参加している大原悠佳さん(高校2年)は「79年前に起こった過去の出来事と捉えがちな問題を、今も続いている。一発(原子爆弾が)使われただけで一生人々を苦しませるということを伝えていきたい」。津田凜さん(高校2年)は 「私達若者が被爆者から受け継いだものをなくさないように伝え続けないといけないということを伝えたい」と訴える。 ノーベル平和賞の授賞式は、日本時間の10日午後9時ごろからオスロ市の庁舎で開かれる。
長崎では505回目の反核9の日座り込み
長崎市の平和公園では9日、2024年最後となる「反核9の日の座り込み」が行われた。 座り込みは、長崎に原爆が投下された8月9日にちなんで毎月9日に被爆者や労働団体の関係者が反核・反戦を求めて平和祈念像前に座るもので、今回で505回目である。 この中で、長崎県平和運動センター被爆連の川野浩一議長は、翌日に日本被団協が受賞するノーベル平和賞を「多発する紛争への警告」として受け止めた上で「これからも戦争をやめさせ、日本政府に平和運動の先頭に立つよう訴えていきたい」と挨拶した。 被爆者・田中安次郎さん(82)は「一番うれしいことはノーベル賞だ。これを契機に被爆の悲惨さ、戦争のむなしさを広げていくのが被爆80年の年ではないか、と思う」と語った。参加者は最後に「2025年こそ戦争のない社会を作ろう」などと訴え、こぶしを高く掲げた。
核廃絶の歌声をオスロへ向けて響かせる
被爆者と市民でつくる合唱団「ひまわり」などが出演したコンサートが8日、長崎市で開かれた。コンサートには合唱団「ひまわり」や高校生一万人署名活動実行委員会のメンバーなどが出演した。 「ひまわり」は被爆者と被爆2世などを含む市民、合わせて22人がメンバーで「人を愛するということ」や「浦上」など合唱曲を披露した。ノーベル平和賞を受賞する日本被団協へ祝意を送るとともに、合唱団「ひまわり」田崎禎子団長は「ますます大きな声で核兵器廃絶の歌声を響かせていきたい」と話した。 最後に演者や観客が一緒に「長崎の鐘」を歌い、平和への祈りを込めた歌声が響き渡った。 (テレビ長崎)
テレビ長崎