骨折しながら開幕戦で奮闘したストロールの根性……プレシーズンテスト直前にロードバイクで転倒【2023年F1キーワード】
2023年のF1では、様々なドライバーが活躍した。圧倒的な強さで3年連続のドライバーズタイトルを獲得したマックス・フェルスタッペン(レッドブル)はもちろん、まだ力の衰えていないところを見せつけたフェルナンド・アロンソ(アストンマーティン)、後半戦上位争いを繰り広げたランド・ノリスとオスカー・ピアストリのマクラーレンのふたり、チームメイトがコロコロと変わる中、戦闘力が低いマシンで奮闘した角田裕毅(アルファタウリ)など、挙げればキリがない。 【動画】レッドブル・ホンダのF1マシン”RB16Bありがとう号”が、東海道新幹線&西九州新幹線に挑んだ! そんな中でも本稿では、ランス・ストロール(アストンマーティン)に注目したい。ストロールは今季4位1回、合計74ポイントを獲得し、ランキング10位となった。優れたマシンだったにもかかわらず、表彰台はゼロ。チームメイトのアロンソ(206ポイント)にも、大差をつけられてしまった。しかし彼は、序盤戦で根性の走りを見せた。 ストロールはプレシーズンテスト直前の2月20日、スペインでトレーニングのためにロードバイクに乗っていた際に転倒。両手首を骨折するという大怪我を負ってしまった。その3日後の23日からは、バーレーンでプレシーズンテストが始まる、まさに最悪のタイミングだった。 ロードバイクでのトレーニングは、長い時間心肺に負荷をかけることができるということで実に有用。多くのレーシングドライバー、ライダーが、トレーニングに取り入れている。 ただ危険があるのも事実。ロードバイクは、巡航速度で35km/h程度は余裕で出せるし、下り坂ならば50km/hを超えることも珍しくない。しかも、身体を保護するデバイスはヘルメットくらいしかなく、骨折などの怪我を負うことも珍しくない。 ストロールの場合は、路面の穴にタイヤを取られてしまい、バランスを崩して転倒してしまったようだ。当初は軽傷と報じられていたが、後に両手を骨折したことが明かされ、ストロールはMotoGPライダーへの執刀で実績を残してきたザビエル・ミール医師の手術を受け、回復を目指した。 しかしさすがにテストには間に合わず、リザーブドライバーのフェリペ・ドルゴビッチが代役を務めた。そして開幕戦は3月6日決勝……怪我を負ってから14日……つまり2週間にも満たない状況でコクピットに復帰しなければならなかったわけだ。普通に考えたら無理である。 しかしストロールは、開幕に間に合わせた。しかし初日は、身体的にかなり厳しかった様子。ステアリングを切るのもままならず、特にタイトな右コーナーであるターン1では、右手でステアリングを引ききれず、左手を持ち替えてサポートするような動きを取っていた。チームから無線で、ラップタイム改善のためのアドバイスを受けても「今のこの手じゃ無理だ」と返すシーンもあった。走行後、マシンから降りるのもひと苦労だったという。 しかしストロールは2日目も走行。予選では8番手となり、日曜日の決勝でも6位に入った。本来ならば、出走は不可能な体調。しかしストロールは、ポイントを獲得してみせたのだった。 もちろん、アロンソが3位に入ったのと比べれば物足りない成績かもしれない。しかし、骨を折りながら300km以上を走破するというのは、並大抵の精神力ではない。 今年のアストンマーチンのマシンは、非常に出来がよかった。それはテストの時点から明らかであり、開幕戦で上位入賞するのは必至と思われた。ストロールとしては、初めて手にした”表彰台を定期的に狙えるマシン”だったと言っても過言ではないだろう。だからこそ、そのチャンスを1戦でも逃してはならない……そう考えて無理を押して出走することを選んだのは間違いなかろう。 しかしそれでも、すごく痛かったはずだ。実は筆者も、昨年(2022年)にロードバイクで落車し、骨折するというアクシデントを経験した。実に痛かった。私の場合は手首ではなかったのだが、それでもものすごく痛い。動かないし、自動車を運転するのも絶対に無理だったと思う。にもかかわらずストロールは、名医の執刀を受けたとはいえ、F1マシンを走らせた。賞賛せざるを得ない。DAZNでFP2の解説を担当させていただいた際、苦しみながらドライブするストロールのオンボードカメラ映像を見て、こちらが脂汗をかいたのをよく覚えている。 この怪我も、ストロールの今季の成績に影響を与えたのは間違いないだろう。今季のアストンマーティンは、確かに昨年と比べれば雲泥の差の出来にはなっていたが、それは特にシーズン前半のこと。シーズン後半には相対的なパフォーマンスを落とし、予選Q1落ちするグランプリがあったのも事実である。 そんな相対的パフォーマンスが高かったシーズン前半に、万全の体調で臨めなかったのは、ストロールにとっては痛手だったはずだ。でも、彼が痛む両手首を押して奮闘したのは、賞賛に値するだろう。 アストンマーティンはストロールの父親であるローレンス・ストロールが所有するF1チームであり、その恩恵を受けてシートを確保できているという側面もあるだろう。そのことにより揶揄されることもある。しかし、シーズン序盤の彼の根性の走りは、彼がF1をドライブするのに十分値する、そんな存在であることををまざまざと見せつけてくれた。骨折しながらF1を走らせるなんて、常人では絶対にできない。
田中健一