孫文でも毛沢東でもなく、地味な技術官僚が中国の恐竜史に名を刻んだワケ 江沢民と同い年の鄒家華の名が付いた経緯
世界の恐竜研究史を塗り替える様々な発見が相次いだ中国は世界一の恐竜大国だ。一方で、新たな発見の陰には共産党政権の歴史や政治の影響も見え隠れする。中国の現地事情に詳しいルポライターで、3歳のときから恐竜図鑑にハマったという安田峰俊氏がまとめた『恐竜大陸 中国』(安田峰俊著、田中康平・監修、角川新書)から、中国の恐竜に関する知られざるエピソードを紹介する。 【写真】「地味な技術官僚」ながら恐竜にその名を残した鄒家華氏 【前編から読む】 恐竜にも及ぶ共産党の政治的特殊事情、なぜ中国で発見された恐竜には学者や発掘関係者の名前が使われないのか? ■ 「タマゴ泥棒」との汚名が着せられた恐竜 白亜紀後期のモンゴルに生息したオヴィラプトルは、かなり昔から名前が広く知られている恐竜だ。学名の意味は「タマゴ泥棒」である。 1920年代に最初に発見された個体の化石が、角竜の仲間のプロトケラトプスとみられるタマゴのすぐ近くで見つかったことや、歯のないクチバシ状の口を持っていたことから、てっきり他の恐竜のタマゴを盗んで食べている恐竜だと考えられたのだ。 事実、現在42歳の私が子どものころ見た、つまり1980年代以前に刊行された図鑑でも、プロトケラトプスの巣からタマゴを奪って走り去る姿の復元図が描かれていた記憶がある。 だが、現在の研究では、オヴィラプトルの近くで見つかったタマゴはこの恐竜自身のものだったとみられている。しかも、化石はオスのものだったという。オヴィラプトルはタマゴ泥棒ではなく、むしろ自分の子どもを守るなかで化石化した悲劇の父親だったのだ。彼(? )にとってはとても不名誉な命名がなされたことになる。 オヴィラプトルの仲間の多くの化石は東アジア内陸部のモンゴル高原で見つかっている。だが、中国領内での産出例も実はすくなくない。以下では、そんな中国出身のオヴィラプトルの仲間たちについて見ていこう。
■ 羽毛恐竜の研究史上で意味ある発見 まず紹介するのはカウディプテリクス・ゾウイ(Caudipteryx zoui:鄒氏尾羽龍)だ。約1億2460万年前の白亜紀前期に生息したオヴィラプトルの古い仲間で、発見地は遼寧省北票市。羽毛恐竜や鳥類・水辺の小動物などの化石が数多く見つかる熱河層群で発見された恐竜である。 カウディプテリクスの体長は70~90センチ程度で、大型のオスのニワトリよりもひとまわり大きいくらいの生き物だった。前足と尾の先に羽軸のある発達した羽毛を持っていたが、飛行はできず、羽毛は保温のためだったとみられている。尾の羽は扇形に広がっており、生前の外見はかなり鳥に似ていたようだ。 白亜紀後期のオヴィラプトルの仲間たちとは違い、カウディプテリクスの口はまだ完全にクチバシ化しておらず、化石からは上顎にある少数の鋭い歯が確認された。後に胃石を持つ化石も見つかっており、肉だけではなく植物も食べる雑食性の生き物だったと考えられている。 遼寧省北票市でカウディプテリクスが発見されたのは1997年で、まだ羽毛恐竜の存在が化石によって裏付けられきっていなかった時代だ。付近の地層からは2年前の1995年に、有名なシノサウロプテリクスが見つかっていたが、この時点ではまだ恐竜ではなく鳥類だと考えられていた。 そもそも、羽毛の痕跡を残したシノサウロプテリクスの化石が、鳥類の化石や「ニセ化石」ではないれっきとした恐竜の化石であると判断されたのは、同じ熱河層群からカウディプテリクスやプロターケオプテリクスなどの他の羽毛恐竜が続々と発見されたためである。 カウディプテリクスは、すくなくとも一般社会では比較的知名度が低い恐竜なのだが、シノサウロプテリクスという近年の中国恐竜学の代表選手が認められるきっかけを作った。羽毛恐竜の研究史上では非常に意味のある引き立て役を演じたと言っていい。