キタニタツヤが語る“回りくどい自己紹介みたいなアルバム”とは?インタビューから見えてきた彼の“本心”を聞く
TVアニメ『呪術廻戦』「懐玉・玉折」オープニングテーマ「青のすみか」がストリーミング累計1億回再生を突破。第74回NHK紅白歌合戦に出演するなど、瞬く間に知名度を上げたキタニタツヤから、待望のニューアルバム『ROUNDABOUT』が届けられた。「青のすみか」「スカー」(TVアニメ『BLEACH 千年血戦篇』オープニングテーマ)などのヒット曲のほか、「Moonthief」「月光 (feat. はるまきごはん)」「私が明日死ぬなら」「旅にでも出よっか」などを収録した本作について、キタニ自身に語ってもらった。 【画像】キタニタツヤ 撮りおろし写真 ■自分以外の視点で曲をどんどん書いていこうと思って ──ニューアルバム『ROUNDABOUT』が完成しました。「青のすみか」のヒットもあり、これまで以上に注目度が上がっていますが、アルバムの制作に入ったときはどんなイメージがあったのでしょうか? どうなんですかね? 「ヒット曲が出たから、アルバムも早めに出そう」というレーベルの考えもあったと思うんですけど、だからと言って“もっといっぱいのファンを捕まえよう”みたいなことを考えていたわけではなくて。本当は考えるべきかもしれないけど(笑)、そんな余裕はなかったというのが正直なところですね。余計なことを考えず、いつも通りにいい曲を書こうと思ってました。 ──なるほど。『ROUNDABOUT』は“遠まわし、回りくどい”といった意味ですが、どうしてこの言葉をタイトルに? アルバムを作ることになったとき、「青のすみか」「スカ―」は収録することが決まっていて。この2曲は(『呪術廻戦』『BLEACH 千年血戦篇』の)物語やキャラクターたちのことを考えて、そこに自分を重ねながら作ったんですよ。つまり0→1の段階では自分の主観から出てきた言葉(歌詞)ではないんです。また、自分から離れた架空の物語を想定して作った既存曲として、ほかに「化け猫」「月光 (feat. はるまきごはん)」という曲もあって。アルバム曲の制作でも、自分以外の視点で曲をどんどん書いていこうと思って。 ──キタニさん自身から離れたストーリーを描くアルバム。 そうです。でも、自分とは違う視点を置いて作った曲を集めることで、なんとなく自分という存在が浮かび上がってくるんじゃないかという気もして。回りくどい自己紹介みたいなアルバムになるんじゃないかと思ったんですよね。なのでアルバムのジャケットも、関係ないものがギュッと集まって人の形に見えるデザインになってるんです。元ネタはアルチンボンドの寄せ絵なんですけど、まあ、そういうコンセプトのアルバムです。 ──“回りくどい自己紹介”って、キタニさんにピッタリですよね。 そうですか?(笑) ──まず音楽性が幅広いし、リスナーによってイメージがまったく違うんじゃないかなと。いい意味でヒネくれたところもあるし(笑)。 ハハハ(笑)。でも、アートには一定の回りくどさが必要じゃないですか。「青のすみか」も“懐かしい”のひとことで済むことを一曲分の時間をかけて回りくどく表現した曲だと言えるし、芸術作品には──僕がやってることはエンタメですけど──そういうところがあるんだと思います。 ■「Moonthief」は映像のアイデアみたいなものが先にあった ──確かにそうかも。収録曲についても聞きたいのですが、まずは先行配信された「Moonthief」。こういうトラックは今まであまりやってないですよね。 やってないですね。ざっくり言うとフューチャーベースなんだけど、自分の好みのど真ん中でもないし、そこまで新しいジャンルでもなくて。「Moonthief」は映像のアイデアみたいなものが先にあったんですよ。音に合わせて俺がヘンな動きをしている映像を作りたくて、そのイメージで作ってるうちにフューチャーベースっぽくなったっていう。BPMはかなり速めなんですよ。普通にノレちゃうテンポだとカッコ付けられちゃうから、映像になるときにちょっとマヌケさがある速さのほうがいいなと。こんなこと言うとフューチャーベースやってる人に怒られそうですけど(笑)、僕は全然クラブカルチャーを通ってきていないのでそこはフレキシブルにやろうと。 ──なんでマヌケさがあったほうがいいと思ったんですか? “キタニタツヤは寡黙でクール”みたいなイメージがあるみたいなんですけど、それは困るなって(笑)。テレビとか出ると“もっとアーティスティックな人かと思ったけど、意外によくしゃべるんだな”みたいなことを言う人もいるし、“そんなんじゃないよ”ということを伝えたいというか。あとは“裏切りたい”という気持ちもありますね。「青のすみか」で知ってくれた人に向けて、「こういう曲もあるよ」と。 ──1曲目の「私が明日死ぬなら」もすごい曲だなと。これもキタニさん自身とは違う視点から書いているんですか? そうですね。「私が明日死ぬなら」というキーワードが先にあって、そこから“こういう言葉を思い浮かべる人って、どういう人だろうか?”みたいな感じで作ったので。僕自身はそんなことを考えるタイプの人間ではないんですよ。常に後悔なく生きようとはしてるけど、(死については)まだまだ現実離れしているというか。 ■書いていくうちに自然と自分が介入 ──この曲はぜんぜんネガティブではなくて、エンディングに向かって希望の色合いが濃くなりますね。 そこはちょっと自分が入り込んでますね。この曲を作った時期、ちょうどツアーをやってたんですよ。ファンの人たちの顔を見て、“あの人たちに聴いてもらってるんだな”みたいなことを考えながら曲を作ると、どうしても自分が言いたいメッセージみたいなものが割り込んでくるというか。普段はサビから作ることが多いんですけど、「私が明日死ぬなら」は珍しく頭から作っていったんです。書いていくうちに自然と自分が介入してきたんだけど、そこはフレキシブルにやればいいのかなと。 ──「私が明日死ぬなら」はライブでも大きな役割を果たしそうですね。キタニさんのとって“ライブ”の存在も大きくなっているのでは? そうですね。定期的にライブをやることで、聴いてくれる人たちのことが意識に上がってくるというか。“この人たちに聴いてもらうことで、こんな意味があるはずだ”ということも見えてくるし、それが曲に反映されることもあると思うので。ただ、ライブは大変ですけどね(笑)。ライブ自体はいいんだけど、準備が大変というか、練習が好きじゃないんですよ。もともとパソコンで音楽を作り始めた人間なので、楽器や歌の練習をそんなにやってなくて。 ──ベーシストとしての活動もあるじゃないですか。 (キタニがベーシストとして参加している)ヨルシカのライブはただ楽しくベースを弾いてるだけなんで(笑)。自分の名前でやるライブはそうじゃなくて…いまだによくわからないです。 ■“こんなことを考えてる人もいるだろうな”という感覚 ──「キュートアグレッション」はギターのリフを中心にした楽曲。もともとのアイデアはどんなものだったんですか? ジョン・メイヤーの「Neon」という有名な曲があって。その曲のギターリフを弾きながら、“指で弾いたリフをループさせて、今風の曲を作ってみよう”と思ったのが最初ですね。もちろんジョン・メイヤーみたいには弾けないんですけど(笑)。Bメロとサビを最初に作ってTikTokに上げて、それから2年のときを経てフルサイズにしたという感じです。歌詞は“TikTokで若い人たちにウケたらいいな”というスケベ心もありつつ(笑)、やっぱり“こんなことを考えてる人もいるだろうな”という感覚で作りました。僕はこんなにセクシーな人ではないので。 ──「君の心のやわいとこ/好き勝手噛みついてしまいたくなって」もそうですが、10代のリスナーが聴くと驚きそうですよね。 10代のときって、こういう破壊衝動みたいなものがあった気がするんですよ。かわいいものを壊したくなるというか。今もそんな感じが残っていて、ウチにある“ずんだもん”のぬいぐるみを見ると、歯ぎしりしたくなるんですよ(笑)。そういう衝動を心理学の言葉で“キュートアグレッション”(可愛い物を見たらつねったり、食べてしまったり、締め付けたりしたくなる衝動のこと)ということを知って、“自分もその感覚あるな”って。いつかこの言葉を使った曲を作りたいと思ってたんですよね。 ──「月光 (feat. はるまきごはん)」には、ボカロPのはるまきごはんさんをフィーチャー。彼との交流はけっこう長いですよね? はい。彼がネットに曲を上げたのが10年くらい前で、僕も同じ時期に投稿をはじめて。その2年後くらいに知り合ったので、7~8年くらいになるかな。「月光」はもともと、「プロジェクトセカイ」というゲームのため曲を依頼されたのがきっかけで。メジャーで活動していてボカロの世界の渦中にいない自分がボカロの曲を作るのはどうなのかな?と思って、「現役のボカロPとコライトさせてください」とお願いしたんですよ。で、はるまきごはんを指名して。 ──ボカロシーンへの筋を通した、と。 ボカロファンとしての筋ですね。曲作りはすごく面白かったです。確か向こうが作った種を僕が改造して、それをまた改造してもらって。作詞も作曲も編曲もちょうど半分ずつ作ったんですけど、“このバランスで他の人とも曲を作ってみたい”と思いましたね。 ■ひとりで作ることの孤独を分かち合えたり、普通に機材の話もできる ──ボカロPやボカロをルーツに持つアーティストに対する親近感もある? ありますね。ひとりで制作をやっている人に親近感を覚えるし、メジャーシーンでそれをやっている人はそんなにいないんですよ。ひとりで作ることの孤独を分かち合えたり、普通に機材の話もできますし。真の同業者として話ができるのは、そういう人たちですね。 ──「旅にでも出よっか」も印象的でした。この曲、締め切り直前に出来た曲だとか。 本当にギリギリでした(笑)。ファンの人にもぜひ聴いてほしい裏側の話なんですけど、CDを作るときって、(ジャケットやブックレットなど)“紙もの”を先に入稿しなくちゃいけないんですよ。当然、歌詞も決めなくちゃいけなくて、「旅にでも出よっか」は歌詞とメロディだけ作って、アレンジは後回しだったんです。つまりデモ的なものをスタッフに一切共有していなくて、みんな「これ、どういう曲なの?」みたいな状態で(笑)。出来上がったのは、マジで締め切り直前。シビれましたね。 ──この曲で歌われているのは、キタニさんの本心なんですか? これはそうですね。締め切り直前の僕そのものというか。最初に言ったようにアルバム全体としては“キタニタツヤ”から離れている曲が多いんだけど、「旅にでも出よっか」は僕です(笑)。追い込まれている特殊な環境の自分なので、ちょっと他人のような気もしますけど。 ──普段のキタニさんではない、と。 はい(笑)。あと、仕事に疲れている人たちも想定していて。新卒1~2年くらいの人で、仕事から逃げ出したくなったり、ふっとどこかに行きたくなる感じだったり。僕はまともに社会で働いたことないから、その感覚はわかんないんですけど(笑)、締め切りに追い詰められたときに“わかるかも”と。この曲をスタッフに聴いてもらうことで、「わかる? 休みがないとどっか行っちゃうよ」と伝えたかったのかも。 ──休みがあったら、やりたいことはたくさんありますよね。 めちゃくちゃありますね。読みたい本もあるし、見たい映画もあるし、ツーリングにも行きたいし。この曲、旅に出るときに聴いてほしいですね。…今思い出しましたけど、大学生のときに音楽を作ってる仲間と車で旅行したことがあって。爆音で音楽を流しながら、みんなで歌うのってめっちゃ楽しいんですよ。この歌もそうやって楽しんでもらえたりしないかなと思ってます(笑)。 ■「大人もなんとなく生きてるよ」と言いたかったのかな ──青春ですね! アルバムの最後に入っている「大人になっても」も、10代のリスナーに向けている? その感じはたぶん、最後の4行(“嫌な歌を聴かせちゃったけど/不安にならないで/なんとなくで幸せに生きてる/滑稽だろ、笑えよ”)だけだと思いますね。最後に付け足した歌詞で、最初はここまで言うつもりはなかったんですけど。「大人になっても」もライブを想定しながら作っていて、最後はちょっとだけ前を向くというか、「大人もなんとなく生きてるよ」と言いたかったのかな。ポジティブにもネガティブにも捉えられると思うんですが、“どちらにしても大丈夫だよ”っていう。 ──“君のその苦しみはずっとあるよ”という歌詞もありますが。 本当にそうだと思ってるんですよ。“こうやって言ってくれる大人がいたらいいな”と思ってるので、(リスナーには)感謝してほしい(笑)。大人になったら苦しみがなくなるという幻想というか、希望も抱いてるんですけどね、どこかで。“30代になったらラクになるよ”みたいなことも言われるんですけど、“あと2年で?”と考えると、どんどんリアリティがなくなって。現時点での答えですね、「大人になっても」は。 ■5月に日本武道館で10周年記念公演 ──キタニさんの2024年は、アルバム『ROUNDABOUT』のリリースから始まります。昨年はブレイクの年だったわけですが、今年はどんな1年にしたいですか? ブレイクといっても、まだまだですからね。紅白にも出させてもらいましたけど、“誰だろう?”と思っている人もたくさんいるだろうし。そのギャップを1~2年かけて埋めていかないと。ライブも増やしたいですね。5月に日本武道館で10周年記念公演をやるんですけど、その後もできるだけライブをやりたいと思ってるので。頑張りますよ。 INTERVIER&TEXT BY 森朋之 PHOTO BY 関信行 リリース情報 2023.1.10 ON SALE ALBUM『ROUNDABOUT』 ライブ情報 「キタニタツヤ 10th Anniversary Live 彼は天井から見ている」 2024年5月14日(火) 日本武道館 プロフィール キタニタツヤ 2014年頃からネット上に楽曲を公開し始め、ボカロP”こんにちは谷田さん”として活動をスタート。2017年より、高い楽曲センスが買われ作家として楽曲提供をしながらソロ活動も行う。シンガーソングライター以外にも、サポートベースや楽曲提供など、ジャンルを越境した活動を行う。
THE FIRST TIMES編集部