「土地が高くなりすぎて」…黒門市場がインバウンド観光地になるしかなかった「悲しい理由」
商店街を衰退から救ったインバウンド客
そんな窮地を救ったのがインバウンド客だったという。 「2011年に東日本大震災があって、日本人も減って半年ぐらいガラガラになった。そこで先に戻ってきたのがインバウンドのお客さんだったんです」 2011年当時といえば、国が「観光立国」という旗印のもと、日本を観光大国へと変貌させ始めようとした時期である。2006年に観光立国基本法が制定され、2008年に観光庁が発足。2010年には年間の訪日観光客数を1000万人に引き上げることを発表した。その余波もあるのだろう。 大阪ミナミの中心地・なんばから近い黒門市場にも外国人観光客が流れ始める。衰退から一気に活況を呈するのだ。 「黒門市場はシャッター商店街になってしまうところ、ほかの商店街とは違う復活の仕方をしたんです。自然発生的に外国人のSNSや口コミで広がってきた。今でもリピーターは多いですしね。我々としては積極的に外国の方を呼び込んだわけではないんです。 そのとき、あらゆるメディアさんが取材しに来られたり、いろんな商店街が視察に来たりして、一躍有名になったんです。インバウンドの成功事例として扱われた。そのときは僕らも嬉しかったですね。普通の平日でも店の人たちが忙しそうなのを見るのが、すごく楽しかったです」 こうして2011年以降にインバウンド需要が到来した黒門市場では、地元客の変容もあったという。 「この辺りは60歳以上の人が多いんです。それで前は20代~40代の人たちにも来てほしいと話していて、商店街全体をフードコートのようにできたら面白い、というアイデアはあったんですが、インバウンドの人たちが来て、自然とそうなった。 そしたら、カップルなど、若い人たちが増加したんです。今は、『高い』というイメージが先行して、減ってしまいましたが、最初の頃は、うまく回っていたんです」
地価の上昇に伴い、「焼畑農業」の店が増え始める
しかし、話題になればなるほど、土地の値段は上がっていく。 「そこからなんです。地価が上がって、家賃が高くなって、それで高いお金をだして土地を買ったり、貸したりして徐々にお店が変わってくる」 迫さんは、近隣の土地価格についても述べる。 「近隣の土地価格もここ数年ですごく上がった。多分、中国系の人々がすごい値段で買っている。日本での不動産価値を考えると、そんな相場は出せへんやろ、という値段で売れていく。それに付随して、市場の中もだんだん、そんな感覚になってきた」 なんと数年前は、時価の上昇率が全国2位になったこともあるという。すると、新規開店の店は高額な家賃を払うために商品の値段を上げざるを得ない。 しかし、そうして商店街に入ってくる観光客目当てのお店は、「数年もてばいい」という、いわば「焼畑農業」的な店が多かったらしい。 「そういうお店はコロナのときに全部いなくなりました。コロナの時に残ったのは昔からやっている店だけ。黒門市場の悪口でよく言われるんですが、コロナ中は痛い目にあってさんざん日本人に来てほしい、と言っていたのに、コロナ後にはまた同じようになってると。 でも、コロナのときは昔ながらの店しか残っていないので、日本人向けのイベントをやるのは当然なんですよ。それが全然わかってもらえなくて」 そうしてコロナ後に、またインバウンド向けの店が増えている。 振興組合の人々のインバウンドに対する視線は複雑だ。 「インバウンドがなかったら、今頃どうなってたんやろう、と思うんです」と國本さん。彼らが来ていなければ、今の活気はないどころか、黒門市場はシャッター商店街になっていたかもしれない。一帯再開発……という未来があってもおかしくはなかった。 「地価が安ければ、「うらなんば」みたいに若い人たちが個性的なお店を開いたかもしれへん。でも、それも今は無理です」と迫さんはため息をつく。知らぬ間に、土地の値段は上がり過ぎていた。いっそのことチェーン店が入り、地元の人にとって利便性の高い商店街になるという道もあったのか。 「チェーン店も、市場に入っているのはドラッグストアぐらいです。店の間口が狭いので、有名なチェーン店じゃ入って来れないんです」 話を聞けば聞くほど、黒門市場が生き残るには、インバウンド観光地化するしかなかったのではないか、という気がしてくる。 良くも悪くもインバウンド抜きに、黒門市場の存続はあり得なかったし、現在も選択肢はインバウンドに頼るしかない。そんな複雑な状況を等閑視して、メディアは黒門市場を「インバウンドのぼったくり」と位置付ける。 まるで「おもちゃ」。そんなインバウンド観光地が日本中で増えるかもしれない 國本さんはこう言う。 「京都の錦市場でも、金沢の近江町市場でも、うちにあるのと同じような店が増えてきて、そうするとインバウンド、インバウンドと言われてますわ。いっそ組合で全ての店を管理できたらええけど、それもできへん。そういう現状までまんべんなく伝えてもらいたい」 黒門市場の一部に、インバウンド向けの高額な商店があることは確かだ。しかし、それは黒門市場の一部に過ぎず、あくまでも、拡大され、単純化されたイメージに過ぎない。メディアはそれを喜んで報道するし、その奥にはそんなイメージを喜んで消費する読者の姿も浮かぶ。いわば、「おもちゃ」のようなものなのだ。 こうした「おもちゃ」のようなインバウンド観光地は、どんどんと日本各地に増えているのかもしれない。 我々メディアは、こうした現状をどう報じるべきなのだろうか。 ※取材班は、「インバウンド観光地」のイメージと実際の乖離に悩む全国の観光地や商業施設のみなさんにインタビューを続けています。情報提供・インタビュー対応可能な方がいたら、info@sabalabo.com まで一報ください
谷頭 和希(都市ジャーナリスト・チェーンストア研究家)