あなたはどのマッツが好き?情けない中年男に、やさぐれ医師、裏社会のスキンヘッド…“北欧の至宝”マッツ・ミケルセンに魅せられる10選
“北欧の至宝”と称されるデンマーク出身の俳優、マッツ・ミケルセン。ハリウッド大作にも出演する世界的大スターで、日本でも絶大な人気を誇るミケルセンと言えば、『007 カジノ・ロワイヤル』(06)におけるル・シッフル役や『ドクター・ストレンジ』(16)のカエシリウス役、『ファンタスティック・ビーストとダンブルドアの秘密』(22)のグリンデルバルド役、『インディ・ジョーンズと運命のダイヤル』(23)のユルゲン・フォラー役など数々の魅力的な悪役を演じてきた。ドラマ「ハンニバル」での狂気の人喰い殺人鬼、ハンニバル・レクター博士が放つ危険で妖艶な色香にノックアウトされ、“沼”にハマってしまったという人も多いはず。 【写真を見る】マッツ・ミケルセンがやさぐれ精神科医を演じた『ウィルバーの事情』は劇場未公開&未ソフト化の超貴重な1本! そんなミケルセンが11月22日(水)の誕生日に58歳を迎えるということで、スターチャンネルでは特集「北欧の至宝 マッツ・ミケルセン生誕祭」を企画。母国デンマーク映画を中心に、オスカー受賞作から初期の出演作、日本の劇場未公開の貴重な作品まで全10本がラインナップされている。Amazon Prime Video チャンネル「スターチャンネルEX」にてマッツ・ミケルセンが携わった数々の作品も配信中だ。特集作品を紹介しながら、ハリウッド映画ではなかなか見られないミケルセンの様々な顔に迫っていきたい。 ■イケてない映画オタクのマッツ/『ブリーダー』 紳士的な気品あふれる佇まいを活かした悪役で人気に火が点いたミケルセンだが、今回の特集にはそういったイメージとは真逆な、“イケてない”役を演じた作品も並んでいて新鮮。『ドライヴ』(11)などで知られるニコラス・ウィンディング・レフンの『ブリーダー』(99)でミケルセンは、レンタルビデオ店で働く映画オタクの青年、レニーを演じている。本作はレニーと、彼の友人で恋人の妊娠が発覚したばかりのレオ(キム・ボドゥニア)ら2人の物語が同時進行的に展開される。父親になることへの不安から次第に情緒不安定になっていくレオと、意中の女性を映画デートに誘おうとする奥手なレニーとの置かれた状況の対比がおもしろい。 レニーはかなりのクセありなキャラクターで、聞かれてもいないのに店の客に「フェリーニ、スコセッシ、クロサワ…」と監督の名前をペラペラ挙げてみたり、女性から「好きな映画は?」と聞かれて、「『悪魔のいけにえ』。知ってる?」と(映画ファンにはおなじみだが)マニアックなタイトルを答える始末。しかも、なんとか映画デートの約束を交わしたものの、直前になって自分が受け入れられるか怖くなり、逃げ帰ってしまうダメ男ぶり。とはいえ、おどおどしたミケルセンはかわいらしく、映画の話になるとマシンガントークになるところはオタク“あるある”とも言えるので、思わず共感してしまう人もいるだろう。 ■裏社会に生きるスキンヘッドのマッツ/「プッシャー」シリーズ 『ブリーダー』以前にレフンと組んだミケルセンの映画デビュー作が『プッシャー』(96)。タイトルは麻薬の密売人を指し、ミケルセンは主人公であるやり手の売人の相棒トニー役で登場する。スキンヘッドに体中に施されたタトゥー、口を開けば下品なジョークを飛ばすキャラクターでファンには少々衝撃のビジュアルかもしれない。 このトニーは中盤で退場してしまうのだが、約10年の期間を経て彼を主人公にした続編『プッシャー2』(04)が製作される。刑務所から出所したばかりという設定で、服役前に関係を持った女性との間に息子がいることを知り、裏社会から足を洗ってまっとうに生きることを決意する。しかし、父親であるギャングのボスに多額の借金があり、再び裏稼業に手を染めるなど、結局は元の道に引き戻されていく。計画性がなく、行き当たりばったりで失敗を繰り返し、どんどん悪い方向へと追い詰められていくトニーは自業自得ではあるのだが、必死にもがく姿はどこか応援せずにはいられない。前作からキャリアを積んだミケルセンがより人間味あるキャラクターとして体現している。 ■中年の危機に陥るマッツ/『アナザーラウンド』 第93回アカデミー賞国際長編映画賞に輝いた『アナザーラウンド』(20)では、いわゆる“中年の危機”に陥った高校教師という役どころ。歴史教師のマーティンは退屈な授業で生徒からクレームを受けたり、家庭では妻との関係に倦怠感が漂っていたりと冴えない日々を過ごしている。そんな時、仲のいい同僚3人と共に、ノルウェーの哲学者が提唱した「血中アルコール濃度を0.05%に保つと、常にリラックスした状態になり人生が豊かになる」という理論を実践してみることに。するとほろ酔い気分で授業内容には独創性が生まれて生徒からの評判が良くなり、妻との関係も良好になっていく。ほかの3人も同様の効果を実感し、もっと酒の量を増やしてみようということになるのだが…。 いい歳をしたおじさんたちが青春時代を取り戻したかのようにワチャワチャしている姿にほっこり。しかし、ほどほどにしておけばいいものを実験と言いながら飲酒量を増やしていき、案の定ハチャメチャな事態を巻き起こしていく。多少の気分転換でお酒を飲むのはいいがそれに頼ってはいけないことを、マーティンたちが体を張って伝えてくれる少しほろ苦い人生賛歌になっている。クライマックスでは元ダンサーであるミケルセンが躍動感あるダンスを披露するので、ここは絶対に見逃せないポイントだ。 ■やさぐれ医師のマッツ/『ウィルバーの事情』 ここまでイケてない人間味あるミケルセン作品を紹介したが、彼の代名詞である“セクシー”さが再確認できるタイトルも。日本の劇場未公開、未ソフト化作品という意味でも超貴重な『ウィルバーの事情』(02)で、自殺未遂を繰り返すウィルバー(ジェイミー・サイブス)とその心優しい兄ハーバー(エイドリアン・ローリンズ)の兄弟と接する精神科医に扮している。 精神科医役と言えば「ハンニバル」を連想させられるが、ジェントルマンだったレクター博士に対し、こちらはやさぐれ医師といった風体。患者たちのグループセラピー中に煙草をふかし、仕事部屋にウイスキーを置いていてハーバーに一杯薦めるシーンも。また、後ろ髪がはねていたりと、身だしなみはあまり気にしていない様子。ただ、ガラス越しに遠くを見つめているような表情にはミケルセンらしい色気も感じられる。主役ではないものの、キャラクターが濃い人物なので、ついつい目を奪われてしまう。 ■危険な色香を放つ人喰い殺人鬼のマッツ/「ハンニバル」 『羊たちの沈黙』(91)などに登場した人喰い殺人鬼、ハンニバル・レクター博士の若かりしころを新たな解釈で描いていく。見どころは美食家でもあるハンニバルの調理&食事シーンで、流れる手つきで肉をさばいて加熱し、アート作品でも制作するような繊細さで盛り付けを行う。食事における所作の一つ一つも美しく、ナイフとフォークで切り分けた料理を口に運ぶ恍惚とした表情がなんとも言えない。とはいえ、食材になった肉の出どころを考えると、ハンニバルの残酷さと狂気に悪寒を感じてしまう。 もう一点、忘れてはいけないのが、連続殺人事件を追う捜査官、ウィル・グレアム(ヒュー・ダンシー)との関係性。ウィルは犯行動機や犯人の感情に共感できる特殊な能力を持っており、ハンニバルは彼の担当医として時に捜査にも協力する。しかし、それは表向きの姿であり、ウィルに屈折した興味を抱いたハンニバルは、彼を言葉巧みに誘導して精神的にも追い詰めていく。おもしろいのが、2人が単なる捜査官と犯人という枠には収まらず、互いを求め合っているように見えるところ。その絆は複雑で、相手を気にかける言葉をかけ、熱い抱擁を交わす姿に興奮したファンも多いはず。 ■不倫の恋に溺れるマッツ/『しあわせな孤独』 『アナザーラウンド』と同じトマス・ヴィンターベア監督作『偽りなき者』(12)で、第65回カンヌ国際映画祭男優賞を受賞するなど演技力も確かなミケルセン。思いがけない出来事やトラブル、理不尽に翻弄される人物も数多く演じており、劇中で彼が体現する苦悩や葛藤も手に取るように観る者に伝わっていく。 名匠、スサンネ・ビアの『しあわせな孤独』(02)もそうした作品の一つ。自動車事故の被害に遭ったカップルと加害者夫婦の物語で、ミケルセンは車を運転していた女性の夫で医師のニルスを演じている。事故によって首から下が麻痺してしまった恋人を献身的に支えようとするセシリ(ソニア・リクター)は、自暴自棄になって心を閉ざした彼から拒絶されてしまう。そんな彼女を加害者の夫として、医師という立場からも精神的にサポートしようとするニルスだが、あろうことか2人は次第に惹かれ合い、愛し合う関係に…。 妻や子どもたちのことを愛しているが、セシリへの想いを募らせていくニルス。ダメだとわかっていても彼女との関係を続け、どんどん深みへとハマっていく。不倫を妻に疑われ、そのことを追求された際に逆ギレする姿は本当にどうしようもないが、演じているのがミケルセンなので、なんとなく見守りたい気持ちにさせられる。ちなみに、本作はデンマークにおける映画運動「ドグマ95」というヴィンターベアやラース・フォン・トリアーらが提唱した映画製作における“純潔の誓い”に則った作品で、手持ちカメラや自然光で撮影され、合成技術を使っていないのが特徴。ホームビデオ的な趣があり、ミケルセンをより身近に感じられる。 ■復讐に燃える西部劇のマッツ/『悪党に粛清を』 耐えるに忍びない不条理にさらされた時、人間はどのような道を選ぶのか?1870年代のアメリカが舞台の西部劇『悪党に粛清を』(14)では、愛する者を奪われた男の復讐劇が描かれる。元兵士のジョン(ミケルセン)は新天地アメリカでの生活の基盤を整え、故郷のデンマークから妻子を呼び寄せる。再会の喜びもつかの間、家族が乗っていた駅馬車に2人のならず者が強引に上がり込み、妻と幼い息子を殺されてしまう。怒りに燃えるジョンは犯人をすぐに撃ち殺す。しかし、犯人の一人が暴力で街を支配する悪名高い有力者の弟だったため、ジョンは命を狙われる身となってしまう。 北欧産西部劇という珍しいジャンルだが、その内容は血で血を洗う抗争が展開されるマカロニ・ウエスタンそのもの。捕まったジョンが拷問にさらされる姿は目を覆いたくなるが、クライマックスでの大勢の敵を手にしたショットガンで次々と撃ち倒していくガンアクションは圧巻!『007 カジノ・ロワイヤル』で共演したエヴァ・グリーン、「ウォーキング・デッド」のジェフリー・ディーン・モーガン、「パイレーツ・オブ・カリビアン」シリーズのジョナサン・プライスと共演キャストも豪華で見応えある作品になっている。 ■不正を許せない中世の騎士なマッツ/『バトル・オブ・ライジング』 16世紀のフランスに実在したハンス・コールハースの闘いを映画化した歴史劇『バトル・オブ・ライジング』(13)も復讐がテーマになっている。馬商人のコールハース(ミケルセン)が手塩に掛けて育てた馬を売りに行く道中、ある土地を治める男爵の部下から通行証を求められ、持っていなかった彼は担保として2頭の馬を預けることにする。しかし、通行証はすでに廃止されていて男爵たちの嘘だった。しかも、預けた馬たちは虐待され、商品としての価値はないも同然。不正が許せないコールハースは賠償を求め、裁判所に何度も訴状を送るが、男爵には宮廷に親類がおり訴えは退けられてしまう。不幸は重なり、訴状を届けにいった妻も取り巻きによる暴力で命を落とすことに。あまりの理不尽さに耐え兼ねた彼は仲間を集めて武装蜂起する。 権力に立ち向かうコールハースのもとには同じような目に遭った人たちが集まり、その規模は400人ほどの軍勢に。世間から英雄視されるが、取り逃がした男爵を捕まえるために街を焼き払う暴挙にも出るなど、その活動には疑問を感じるところも。物語の中盤、ドニ・ラヴァン演じる尊敬する聖職者から反乱を咎められ、復讐と正義、良心の呵責との間で激しく葛藤するコールハースの姿が印象的だ。最後の結末も含めて、正義とその在り方、行動による結果と責任ついても考えさせられる。 ■マッチョな軍人のマッツ/『ライダーズ・オブ・ジャスティス』 『アナザーラウンド』と同時期にデンマークで公開され、同作を超える国内で2020年No.1のオープニング成績を記録した『ライダーズ・オブ・ジャスティス』(20)。列車事故で妻を失った軍人のマークス(ミケルセン)は、同じ電車に乗っていた数学者のオットー(ニコライ・リー・コース)から事故に犯罪組織“ライダーズ・オブ・ジャスティス”がかかわっている可能性を聞かされる。復讐心をたぎらせるマークスは、オットーや彼の友人たちと共に組織への粛清計画を実行する。 ストーリーを追うとシリアスなクライムサスペンスを想像させられ、実際にそういう要素もあるが、監督が『アダムズ・アップル』(05)ほかブラックコメディでミケルセンと何度も組んできたアナス・トマス・イェンセンなだけあって、その中身はかなりシュールだ。銃器の扱いに慣れ、口よりも手がすぐに出るタイプのマークスに対し、オットーたちほかのメンバーは理系出身で暴力とは無縁。マークスの家で彼の娘も一緒に共同生活を送り、あたふたしながら銃の訓練に取り組む様子などはユーモラスで笑わせてくれる。その一方で、マーカスは最愛の妻を失った悲しみを復讐に身を投じることでかき消している節があり、犯罪グループへの粛清が実行されるのと反比例して痛々しい。やがて、その苦しみに耐え切れなくなった彼は激しく慟哭する。つらいことがあった時、一人で抱え込むのではなく、誰かに救いを求め、苦しみを共有することの大切さを教えてくれる。 ■極寒のサバイバルを体現するマッツ/『残された者-北の極地-』 配信にラインナップされていない放送のみのミケルセン作品からも1本オススメしたい。平均気温マイナス30度というアイスランドの過酷な環境下で撮影された『残された者-北の極地-』(18)で、極寒の北極圏に取り残された男のなんとしても生きようとする心の強さを熱演している。飛行機事故で北極圏の雪原に不時着し、たった一人で救助を待つ日々を送っていたオボァガード(ミケルセン)。ついにヘリコプターが現れたと思った矢先、強風によってヘリは墜落し、乗っていた女性パイロットが大怪我を負ってしまう。瀕死の彼女を救うには、遠く離れた基地まで何日も歩かなければならず命の保証はない。覚悟を決めたオボァガードは女性をソリに乗せ、ゆっくりと雪原を進み始める。 本作の見どころはなんと言っても、ほぼ全編を通してミケルセンの一人芝居を眺められるということ。故障した飛行機の中で寝泊まりし、食料を確保し、救難信号を送り続けるルーティンをこなす序盤。女性パイロットと出会ってからは、どこまでも続く一面の銀世界をひたすらに歩き、猛吹雪に耐え、シロクマの脅威にも立ち向かう。セリフはほとんどないに等しいが、何度も折れそうになる心をなんとか奮い立たせ、孤独な闘いを続けるオボァガードの心情を目や表情の変化、重そうな手足の動きで表現するミケルセンはとにかく見事。観ている側もついつい体に力が入ってしまう。 スター性だけじゃない、“俳優”マッツ・ミケルセンの歴史と凄みが実感できる今回の「北欧の至宝 マッツ・ミケルセン生誕祭」。イケてない役、ダメ人間の役、道徳的にアウトな役などなど…どんな人物を演じていても、どこか愛さずにはいられない不思議な魅力にあふれている。さらにミケルセンの虜になること間違いなしなので、ぜひこれらの作品をチェックしてほしい! 文/平尾嘉浩