山崎貴監督、ゴジラ映画作りは「ある種の神事」 オスカー受賞の歴史的快挙を成し遂げた“任せる”流儀
■やる気がある人に優しい「白組」の社風
――山崎監督と一緒に受賞された渋谷紀世子さん(VFXディレクター)、高橋正紀さん(3DCGディレクター)、野島達司さん(エフェクトアーティスト・コンポジター)ら映像制作会社「白組」にも注目が集まっていますね。『ゴジラ-1.0』のVFXが35人の少数精鋭のスタッフにより約8ヶ月で仕上げられたという、予算と納期の管理も驚異的だと。 【山崎】チェックのシステムをどれだけ簡略化できるか、ということが僕の中ではずっとテーマとしてありました。白組にとっても、今回のゴジラ映画は今までよりも遥かに大変な作業になると思ったので、調布にあるスタジオを改装してもらったんです。ワンフロアにすべてのスタッフを集めて、声が届くようにしました。誰かが「できた!」と言ったら、車輪のついた椅子に座ったままその人の席へ行ってチェックして、ということを常時していたんです。その結果、トライ&エラーの回数がすごく増え、全体的なクオリティの向上につながった。それが一つの鍵だったように思いますね。 ――もし予算も納期までの時間も今回の2倍あったら、『ゴジラ-1.0』はもっといいものになっていたと思いますか? 【山崎】お金があればいいってものでもないと思うんですよね。制約がクリエイティブの母である、というか、制約があるっていうことがクリエイティブの部分を後押しするという側面もありますからね。最初から倍の予算があったら、それなりの脚本を書いて、倍の予算の取り組み方をしますけれど、それは本当に架空の話なので、よくなったかどうかはわからないですよね。 ――配分された予算と納期の中でベストを尽くす。そして、結果を出す。その秘訣は? 【山崎】白組は、スタッフの自主性を大事にして任せてみる、ということですかね。昔からそういう社風みたいなものがあるんですよ。「好きこそものの上手なれ」じゃないですけど、コンポジターの野島は25歳ですが、自分から「水(海)をやりたい」と言ってきたので、「それなら、ちゃんとしたものを作れよ」と任せたら、スピルバーグもほめるくらいのものを仕上げてくれました。ほかにもコンポジターとして入社した佐藤が、「アニメーションもできます」というのでやってもらったら、めちゃくちゃ上手だった。 黒澤明監督の『七人の侍』に「こどもは大人扱いすればすごく働く」という台詞があるんですが、僕はそれを信じているんです。僕自身がそういうふうに扱ってもらってきたから。生意気盛りの新卒で会社に入って、当時の社長である島村達雄から「責任持ってやれるなら、仕切ってみろ」といきなり大きな仕事を任されたことがあったんです。自分でいろいろ試せる環境を与えてくれた。もちろん、うまくいかなくて、このままではヤバいとなった時には先輩たちがフォローしてくれた。 「監督をしたい」と言った時も、そもそもポストプロダクションの会社で前例もなかったわけだけど、責任もってやれるんだったらやっていいよ、って。やる気がある人に対してとても優しい会社、というのが白組の先達が作ってきた社風なんです。そのイズムみたいなものは継承しなきゃいけないな、と思いながらずっとやってきました。それが今回すごくうまくいった気がします。 ――昨年、惜しくも亡くなられたプロデューサーの阿部秀司さんは、「監督をしたい」という山崎監督にチャンスを与えてくださった方でもありましたね。 【山崎】『ジュブナイル』(2000年)という作品で監督デビューしたんですが、当時、VFXしかやってきていない人間が監督を務めることに反対する声もあった中、阿部さんが守ってくれて、僕は、映画監督になることができました。振り返ってみると、その時々に本当に恩人としか思えない人たちが現れて、自由にものづくりをさせてくれて、そのたびに世界が広がっていったと思います。 ――今回の受賞後の記者会見で「ゴジラがたくさんの扉を開いてくれたので、ここから新しい冒険が始まるのではないかと思う。今までとは違う可能性が出てきていると思う」とお話されていましたが…。 【山崎】市場が開けるといいなと思っています。これまで日本の映画って国内だけでなんとかなってきましたけど、海外にも市場が広がれば、それなりに制作予算も増える。それによって作品のクオリティをより上げることができて、さらに市場規模が大きくなって…という好循環の中で、作品づくりをしていけるのが望ましいですよね。僕自身はこれからも映画館で観て面白かった、と楽しんでもらえるようなエンタメ映画をつくっていきたいです。 ――このインタビューを行ったのは3月21日。その後、山崎監督はハリウッドの大手タレントエージェンシーのCAA(クリエイティヴ・アーティスツ・エージェンシー)と契約。スティーヴン・スピルバーグ、J・J・エイブラムス、トム・クルーズ、ブラッド・ピット、トム・ハンクス、キアヌ・リーヴスといった大物監督・俳優たちを顧客に持つエージェンシーで、22年のアカデミー賞で国際長編映画賞を獲得した『ドライブ・マイ・カー』に主演した西島秀俊も契約している。今回の契約により、山崎監督がハリウッド大作を手がけるチャンスの扉がまた一つ開いたことになる。