『光る君へ』大石静の脚本構成力が恐ろしい まひろ×道長の人生を変える直秀の死
『光る君へ』(NHK総合)第9回「遠くの国」。藤原道長(柄本佑)は東三条殿に入った盗賊の正体を知る。自分が大内裏で矢を射た盗賊も直秀(毎熊克哉)だったと知った道長だが、武者たちには手荒なまねはしないようにと命じた。一方、まひろ(吉高由里子)は直秀らの隠れ家を訪ねたところ、盗賊の仲間と勘違いされて獄に連行されてしまう。 【写真】すべてを察して目の光が失われたときの直秀(毎熊克哉) 武者たちに捕えられた直秀は、自分たちを捕える武者たちに対してこう言った。 「お前らも貴族どもに見下されてきた輩だろ。こいつは憎き貴族の若君だぜ、悔しくねえのか」 後に道長が言葉にした通り、直秀は筋が通っている。散楽一座であれ、盗賊であれ、直秀の敵は貴族なのだ。他の貴族とは違い、自分を見下すことのない道長に心を許したこともあったと思うが、道長が貴族であることは覆らない。取り押さえられ、身動きが取れないながらも鋭い目つきで睨みつける直秀から、道長は彼の貴族に対する強い敵意を感じたことだろう。道長は「検非違使に引き渡せ」と武者たちに言い伝え、その場を立ち去る。去り行く道長を追う直秀の眼光は鋭いままだった。 直秀は素直に感情を表に出す人物ではない。だが、毎熊の何気ない仕草や表情の変化が直秀の複雑な胸中を表している。その演技に心を掴まれる。 はっきりと口にしたわけではないが、直秀にはまひろを想う気持ちがあるように思える。獄の中で一人腕を組み、難しい顔をしていた直秀は、まひろが獄に連れてこられたのを見てハッと目を向けた。声をあげず、ただじっとまひろを見るそのまなざしが心苦しい。獄にいてはまひろを助けることはできない。しかしもし声をあげれば、ますますまひろに疑いがかかる。 直秀がまひろに向ける視線に、まひろに何もないことを願う気持ちが感じられた。道長が慌ててまひろを助け出すところを、直秀は固唾を呑んで見つめている。道長とまひろが去った後、直秀が息をつき、壁に寄りかかった。その姿は安堵して見える一方で、助け出されることのない自分たちとの身分差に打ちひしがれるようにも見えた。 獄の中で直秀は散楽一座の仲間たちと楽しげに歌っていた。その明るい表情には遠くの国へ行く未来への希望が垣間見える。鳥辺野に連れてこられ、放免が不気味な笑みを浮かべた時、直秀は何を思ったのだろうか。道長に矢傷について問われても動じなかった直秀の顔に明らかな当惑の色が見えた。 道長とまひろが馬で駆けつけた時、直秀たちは事切れていた。無惨に刺殺された直秀たちの遺体を前に、道長とまひろは言葉をなくす。都を出て、山を越え、海の見える遠くの国へ行くはずだった直秀の未来が途絶えた。道長は、自分の行いが直秀の未来を途絶えさせたのだと自責の念に駆られる。 直秀の手が土を強く握り締めていたのを見て、道長は死に際の苦しみを悟ったはずだ。土を払い、直秀の手に自らの扇を持たせると、道長は合掌する。その手は震えていた。やがて道長は手で土を掘り始め、まひろもそれを手伝う。2人は直秀たちの遺体を埋葬した。自らが汚れるのも構わず、直秀たちを埋葬した道長は、土で汚れたまひろを見ると小さな声で「すまない」と言い、まひろの衣についた土を払い始める。道長の土を払う所作から、道長が他者を思いやる心優しき青年であることがひしひしと伝わってきて、胸が締め付けられる。 亡き直秀たちに届けるように「すまない。皆を殺したのは……」と声をあげる道長だが、言葉に詰まる。直秀たちの処分を軽くするつもりで看督長に心づけを渡したことが直秀たちの死を招いた。悔やんでも悔やみきれない道長の思いが、言葉に詰まるその横顔に表れている。「余計なことをした!」と道長は声をあげ、涙をこぼしながら何度も何度も「すまなかった」と口にする。道長が拳で自らを殴りつけ、地面を掻きながらむせび泣く様からは、自らの行いへの憤りと信頼できる相手を殺めてしまったやるせなさ、深い悲しみが溢れんばかりに伝わってくる。まひろはそんな道長を抱きしめた。道長はすがるようにまひろを抱き締めて慟哭した。 自らの行いが直秀の死を招いたことを、道長は忘れないだろう。まひろもまた、直秀の死を深く受け止める。大学寮へ入る弟の惟規(高杉真宙)を見送った為時(岸谷五朗)は、まひろを見て「お前が男であったらと、今も思うた」と言った。「私も、この頃そう思います」と返したまひろはこう続けた。 「男であったなら、勉学にすこぶる励んで、内裏に上がり、世を正します」 為時の感嘆する声に、まひろは「言い過ぎました」と笑う。だが、この言葉はまひろの心からの願いだ。直秀のような死に方をする人をなくすために、世を正したい。直秀との別れは残酷なものだったが、道長とまひろの人生に大きく影響を与えたに違いない。
片山香帆