新型コロナ、ウクライナ侵攻…「現実がフィクションを超えた」 東山彰良さんが今だからこそ書くエンタメ作品
福岡市在住の作家、東山彰良さん(56)がこの夏、「魔法少女」が主人公の「邪行(やこう)のビビウ」を刊行した。究極の状況下で繰り広げられる人間ドラマにコミカルさも織り込んだ長編小説だ。エンタメ作でもあるが、「今、戦争をちゃんと書かなければ」と語るように、ロシアとウクライナの戦争など現実の国際情勢を想起させる激しい戦闘と、たくさんの残酷な死も描く。コロナ禍や戦争など想像を超えた出来事が起こる今、現実に対峙(たいじ)する形で、フィクションを立ち上げた。 【写真】「集大成」として書き切った『怪物』の表紙 架空の独裁国家で、自治州の住民による反乱軍と政府軍が内戦を続けている。17歳の主人公ビビウは、死者を呪術で操り家族が待つ家へ帰す「邪行(やこう)師」。敵、味方に関係なく戦死者に寄り添い、弔い続けていたが、政府のある作戦がきっかけで戦闘に巻き込まれる。ビビウは自治州の人間だが「悪の政府軍VS悲劇の自治州」のような構図はない。反乱軍の中にテロリストが潜み、政府内ではスパイが暗躍する。殺し合う双方に残虐性があり、正しい戦争などないことを見せる。「私たちは戦争を『誰が悪いか』で見がちだが、実際は単純ではない」。さまざまな立場の人物の語りで、争いの複雑さを描く。 悲劇もあるが、独裁者の将軍が国民からは「ホクロ」とあだ名で呼ばれていたり、ビビウの大叔父はアニメ好きの「オタク」だったりと、個性の光る登場人物たちが時に笑いも誘う。 邪行師は、東山さんの母親の故郷である中国・湖南省の伝承がモデルで、中国版ゾンビ「キョンシー伝説」の元にもなった。ゾンビが出る映画や小説では、恐怖の極限で愛や信頼が試されるドラマが描かれてきたが、本作はそれに倣わない。死体の傷や腐敗もあらわに表現するダーク・ファンタジーである一方で、朽ちた死者を「化け物」ではなく生者のように一人の人間として尊重する。「無類のゾンビ好き」として、身近で新しい姿も提案している。 * 傍(はた)から見ると順風満帆な作家人生に映る。2003年にデビューし、多彩なエンタメ小説で読者を増やしてきた。13年のディストピアSF大長編「ブラックライダー」は話題作となり、自分のルーツが題材の「流」で15年に直木賞を受けた。20~21年に本紙で連載した「怪物」を書き切った時は、「集大成と思った」と言う。しかし担当編集者は厳しかった。「このままだとコアなファン以外は離れるよ」 自覚はあった。新型コロナ禍下、エンタメ小説を読む気にも、書く気にもなれなかったのだ。「現実がフィクションを超えた。今更何を書けばいいのか」。そんな時、ロシアのウクライナ侵攻に衝撃を受けた。 これまでは物語の遠景に戦争を描いてきた。戦争を体験していない世代として誠実に歴史と向き合う方法だったが、世界各地で緊張が高まる今、殺戮(さつりく)や死の恐怖は遠い過去ではなく身近な現実になった。インターネットでは世界中の人が意見を発しているが、自身は携帯電話を持たずSNSもしない。戦争や独裁者を正視し、作家ができることは-。その問いは原点につながった。「エンタメならできる」 近年、作品に通底する「諦め」というテーマに気付いた。ネガティブな言葉ではなく、「現状を受け入れて前進する力」。書き続けるために、必要としたマインドでもあった。本作でも登場人物がある事を諦めた先に、喪失と癒やしの両方がある。 昨年、デビュー20年を迎えて「作家として1周回った」と感じた。今年は文士劇への出演など初めての活動に挑戦し、海外での滞在執筆といった「2周目」のビジョンも膨らませている。 (川口史帆) ◇「邪行のビビウ」は中央公論新社刊。1870円。