演説へのヤジと選挙妨害、どう区別できる? 弁護士は「全く別物」と断言
批判=妨害と捉えられる危うさ
政治について意見を表明する権利は、憲法21条で定められた表現の自由だ。プラカードを持って街頭に立つ▽デモに参加する▽SNS(ネット交流サービス)で発信する――など。表現の方法は多様で、「ヤジ」もその一つに過ぎない。 こうした行為が単なる妨害と同一視される風潮に、小野寺弁護士は懸念を示す。「市民の政治活動は特別なことではない。特に政権与党は常に現状への批判を受けるものだ。公共の場での演説は批判に応答する場でもある。批判を妨害だと糾弾する社会は、自由な意思表明を萎縮させてしまう」と強調する。
表現の自由を抑圧しない警備を
街頭演説を巡っては、2022年7月に奈良市内で演説中だった安倍元首相が銃撃され死亡する事件や23年4月に岸田文雄首相(当時)が遊説先の和歌山市内で爆発物を投げつけられる事件が相次いだ。候補者や聴衆の安全を守るため、警備は不可欠。だが、警察の権限は法令に基づき執行されなければならず、表現の自由を侵してはならない。 小野寺弁護士は警備の難しさについて「もしも現行規定が曖昧で警備に支障があるのならば、そこを議論すべきだ。表現の自由を抑圧する形で解決すべきでない」と念を押す。 自由妨害とヤジの混同に不安をあおられることなく、「選挙の自由」と「表現の自由」の両方を守る公正な衆院選となることがのぞまれる。【後藤佳怜】
※この記事は、毎日新聞とYahoo!ニュースによる共同連携企画です。