連載:道玄坂上ミステリ監視塔 書評家たちが選ぶ、2023年11月のベスト国内ミステリ小説
今のミステリー界は幹線道路沿いのメガ・ドンキ並みになんでもあり。そこで最先端の情報を提供するためのレビューを毎月ご用意しました。 事前打ち合わせなし、前月に出た新刊(奥付準拠)を一人一冊ずつ挙げて書評するという方式はあの「七福神の今月の一冊」(翻訳ミステリー大賞シンジケート)と一緒。原稿の掲載が到着順というのも同じです。今回は十一月刊の作品から。 酒井貞道の一冊:青崎有吾『地雷グリコ』(角川書店) 日本育ちなら誰もが遊んだことがあるはずの、グリコ、神経衰弱、じゃんけん、だるまさんが転んだ。やったことがなくても多くの人がルールを知っているポーカー。連作短篇集『地雷グリコ』は、これら五ゲームが作者謹製の独自ルール(ですよね?)を追加されてリビルドされ、そのゲームで高校生の主人公たちが彼らなりに切実な事情を賭けて真剣勝負する。各ゲームは新規追加ルールが絶妙で、実際に一勝負やりたくなる。その上で、登場人物は手を読み合い、ルールの穴を突き、心理戦を仕掛ける。駆け引き描写は完璧だ。白熱の一冊。 若林踏の一冊:青崎有吾『地雷グリコ』(角川書店) 「自由律じゃんけん」「だるまさんがかぞえた」など、有名な遊びに独自のルールを加えたゲームが各編で用意され、登場人物達が熱い頭脳戦を繰り広げる。論理を武器に攻略法を探りつつ、対戦相手の思考を読み合う虚々実々の駆け引きが展開する様は、福本伸行の〈カイジ〉シリーズや甲斐谷忍の『LIAR GAME』といった思考ゲーム漫画を愛する読者には堪らないだろう。勝敗の行方を左右するヒントが大胆かつ巧妙に隠されている点も素晴らしい。著者が謎解き小説を書く中で研磨した手掛かりの技法が、頭脳バトル小説でも存分に発揮されているのだ。 野村ななみの一冊:『地雷グリコ』青崎有吾(角川書店) “ちゃらんぽらんの具象化系女子”と友人に評される高校生・射守矢真兎が挑む、5つの頭脳バトルを描いた連作短編集だ。神経衰弱、だるまさんがころんだなど、誰もが知る遊びに独自ルールを追加したシンプルかつ奥深いゲームで、真兎と対戦相手は騙し合いの心理戦を繰り広げる。『LIAR GAME』『賭ケグルイ』などが好きな人間は、たまらなく興奮するだろう。罠に気がついた時にはもう手遅れだ。賭博小説だが、個性豊かな高校生たちの青春小説でもあるため読後感は爽やか。傑作である。ちなみに私の推しは「地雷グリコ」の対戦相手・椚先輩。 橋本輝幸の一冊:五十嵐律人『真夜中法律事務所』(講談社) 主人公は死者の姿が見える検事。非業の死をとげて地縛霊になってしまった亡霊たちは、真夜中だけは死亡現場を離れて死者が見える弁護士が構える「深夜法律事務所」で自由にしゃべることができる。事件が正しく裁かれなければ、死者たちは成仏できないのだ。主人公は深夜限定の非日常に巻きこまれ、思いがけず担当事件の真相に迫ることに。 特殊設定や、関係者のつく嘘といった要素が物語を彩るリーガル・ミステリ。各要素は過積載にならずまとまっており、複雑だがあざやかな解決が読者を待ち受ける。最後まで謎解きを楽しめる一冊だ。 千街晶之の一冊:青崎有吾『地雷グリコ』(角川書店) 汀こるもの『探偵は御簾の中 同じ心にあらずとも』や呉勝浩『Q』といった、他の月ならば月間ベストに強く推したかった作品があって悩ましかったけれども、いかんせん『地雷グリコ』が強すぎる。勝負事に強い女子高生・射守矢真兎が、さまざまなゲーム(既存のゲームのルールに変更を加えたもの)を勝ち進んでゆく……という内容なのだが、「地雷グリコ」「坊主衰弱」などのゲームのルールがいちいち魅力的だし、強者同士の対戦の演出が痺れるほど恰好いい。ロジックの切れ味と物語の面白さを両立させられる作家・青崎有吾の最高傑作だ。 藤田香織の一冊:青崎有吾『地雷グリコ』(角川書店) 今月は呉勝浩の『Q』でしょ! と思っていましたワタクシも。他人に自分の人生を捧げる「推し事」の光と闇がたまらなかった! でも、こちらもめっちゃ面白かったのです。女子高生の射守屋真兎が挑まざるを得なくなる(という設定がまた巧い)5つのゲーム「地雷グリコ」「坊主衰弱」「自由律ジャンケン」「だるませんがかぞえた」「フォールーム・ポーカー」。そのルールと対戦だけでもニヤニヤわくわくがとまらない上に、青臭くない青春力にきゅんきゅんする。読みながら「マジか」と心の中で何度も呟く騙される快感。誰か一緒にグリコやって下さい! 杉江松恋:青崎有吾『地雷グリコ』(角川書店) 普段はのほほんとして何を考えているかわからないが、いざとなったらとても頼もしい射守矢真兎がオリジナルゲームに挑んで並み居る強敵を倒していくという物語で、伏線埋伏や展開の意外性、盤面の敵の心理読み合いなど、ミステリーに必要なものがすべて入っている。対戦ものとしておもしろいのはもちろん、真兎を中心とした人間ドラマが最後で完結するところも評価点で、論理だけではなく感情面にも配慮されている。ミステリーとしてちゃんと終わるだけじゃ駄目なんだ、きれいに収まらなくちゃ。これ、日本推理作家協会賞獲るでしょう。 このミス年度などは終わってしまいましたが、一年も終わりかけたところでとんでもない強豪が現れたという印象です。今後どう評価されるのかが非常に楽しみ。さあ、次で2023年も終わりです。またよろしくお願いします。
杉江松恋、ほか