『ブギウギ』新納慎也の松永は完璧な配役 “ミュージカル界の異端児”が朝ドラに至るまで
『ブギウギ』(NHK総合)のタイトル通り、物語の序盤から非常に賑やかな朝ドラだ。主人公のスズ子(趣里)は早い段階で出生の秘密を知ってしまうし、彼女を取り巻くキャラクターたちも個性派揃い。そんな中、俳優・歌手としてのスズ子の人生に多大な影響を与える人物がまたひとり現れた。海外で本場のミュージカルの勉強をしてきた梅丸楽劇団の演出家・松永大星(新納慎也)である。 【写真】『鎌倉殿の13人』新納慎也演じる全成の最期 新納慎也と聞いて「ああ、知ってる!」と頷く人は大きくふたつにわけられるかもしれない。ひとつはNHK大河ドラマなど映像作品での活躍から彼のことを知った人。そしてもうひとつはミュージカルをはじめとする舞台に立つ彼の姿を劇場で観てきた人。 10代のころからモデルとして仕事をしていた新納は、20代で俳優の活動を開始。ミュージカル『ラ・カージュ・オ・フォール』の美しきカジェル、シャンタルや『エリザベート』初代トートダンサーの一員として妖艶なダンスを武器にミュージカルファンの心を掴む。これは余談だが、大ヒットウィーンミュージカル『エリザベート』の東宝版初演で共演した“ミュージカル界のプリンス”井上芳雄とは20年来の親友だ。 新納の2000年代前半の足跡で興味深いのが、若手ミュージカル俳優の登竜門ともいわれる『レ・ミゼラブル』や『ミス・サイゴン』といった大型作品ではなく、『ゴッドスペル』や『キャバレー』、『キャンディード』など、ツウ好みのミュージカルやシブめのストレートプレイ(せりふ劇)への出演が多いこと。いわゆる王子様枠をスルーして実績を積んできたイメージがある。 そんなキャリアの中で、2007年、彼はひとつのターニングポイントとなる作品に出演。日比谷・シアタークリエのこけら落とし公演『恐れを知らぬ川上音二郎一座』(ユースケ・サンタマリア、常盤貴子、堺雅人ら出演)だ。ここで組んだのが脚本家・演出家の三谷幸喜である。 新納慎也という俳優を語るうえで絶対に外せない、そして彼が生きてきた舞台と映像の世界を強固に繋げた人物こそが三谷幸喜その人。2009年にはキャストが4人のみのオリジナルミュージカル『TALK LIKE SINGING』(共演:香取慎吾、川平慈英、堀内敬子)を引っ提げて、ともにNYオフ・ブロードウェイへ殴り込み、その後もふたりは『日本の歴史』、『ショウ・マスト・ゴー・オン』などの舞台でクリエイターと俳優としてタッグを組んでいる。 また、三谷幸喜が脚本を書いたNHK大河ドラマ『真田丸』(2016年)で新納が演じたのは、いわれなき罪を着せられ切腹を命じられる悲劇のプリンス、豊臣秀次。さらに、さまざまな場面で視聴者を震撼させた三谷大河『鎌倉殿の13人』(2022年)で彼が担った頼朝の弟・阿野全成も覚えのない罪を負い、理不尽な政治の渦の中で首を落とされる悲劇の人だった。三谷大河三作のうち、二度も“粛清”された俳優は珍しい。三谷は一見華やかで明るい空気をまとう新納の“哀”の部分を見ているのかもしれない。 さて、話を『ブギウギ』に戻そう。 『ブギウギ』で新納が演じる演出家・松永大星のモデルと推察されるのが益田貞信。三井財閥の御曹司で、本作・スズ子のモデル、笠置シヅ子の初恋相手となる松竹楽劇団の演出家だ。この定信の父親は貴族院議員で男爵、かつ経済界の大物であり、益田太郎冠者の名で喜劇作品の脚本やヒットソングも手掛けた益田太郎。さらに太郎は1907年、帝国劇場株式会社の設立とともに文芸担当重役に就任している。ここで『エリザベート』や『イーストウィックの魔女たち』、『ルドルフ ~ザ・ラスト・キス』などのミュージカルで帝劇の舞台にも立ってきた新納と益田家がつながった。 これ以上はないくらいの文化芸術的、経済的なバックボーンを有し、自身も海外に劣らない男女混合の音楽劇やレビューの制作に情熱を燃やす松永。USKという一見華やかな世界にいたものの、コテコテの父母や明るい大阪気質バリバリの人々の中でツッコまれながら育ったスズ子にとって、華麗に外国語を操り、舶来のお菓子を持って投げキッスをしながら現れる松永が最初の王子様になるのは、まあ必然である。 先に三谷幸喜との出会いが新納慎也の俳優人生におけるひとつの転機であると書いた。逆に『ブギウギ』で彼が演じる松永大星はスズ子にとって恋愛モードとは異なる意味でも大きな転機をもたらす人物。海外帰りで常識に縛られず、日本のショービジネス界に一石を投じようとする御曹司の演出家を“ミュージカル界の異端児”とも呼ばれ、数多くの演出家と舞台の仕事をしてきた新納がどう見せてくれるのか。そして本当に初恋はチョコレートの味なのか、ズキズキワクワク、そしてちょっぴりドキドキしながら見守りたい。
上村由紀子