『海のはじまり』“忘れがたい瞬間”を映し出した神回に 目黒蓮と有村架純が見せた涙の演技
誰しも人生には、言葉通り、「心に刻まれる」ような忘れられない瞬間があるはずだ。それは誰かと想いが通じあった瞬間かもしれないし、大切な恋が終わった瞬間かもしれない。フジテレビ系月9ドラマ『海のはじまり』第9話「夏くんの恋人へ」は、まさにそんなある人の人生における“忘れがたい瞬間”を映し出した、神回となった。弥生(有村架純)、水季(古川琴音)、そして夏(目黒蓮)の運命の糸は、誰もが予想しなかった形で絡み合っていく。 【写真】夏(目黒蓮)を案内する弥生(有村架純) 夏は、弥生と海(泉谷星奈)の3人で賑やかなショッピングモールに足を踏み入れる。「行こ!」と弥生の細い手を引く海の姿は、まるで本当の親子のよう。微笑みながら明るく振る舞う弥生だが、その笑顔の裏に何かを感じ取った夏は、弥生の表情に違和感を覚えずにはいられない。 明るい照明に包まれた子供服売り場で弥生と海は、まるで母娘のように仲睦まじく海の服を選んでいく。海が一人で狭い試着室へ入ると、近くにいた店員が「お母さんも一緒にどうぞ」と声をかける。その言葉に弥生は一瞬戸惑い、何と答えるべきか分からず言葉に詰まってしまう。しかしそんなことは気にも止めず、「弥生ちゃんママに見えるんだね」と無邪気に笑う海。そんな平和な“3人でのお出かけ”が、ある日突然終わりを告げることになるとは、この時は誰も思わなかったのではないか。 買い物を終え、海を南雲家に送り届けた帰り道。夏は弥生に真剣な表情で海とのことをどうしたいかを率直に尋ねる。はっきりとした返事を避ける弥生に、夏は海と3人で一緒にいる時、弥生が何かに苦しんでいるように見えると心配そうに話す。愛想笑いで誤魔化そうとする弥生。そんな弥生の本心を探るように、夏は慎重に「別れたい?」と切り出す。その問いに、弥生は複雑な思いを胸に秘めながらも「別れたくないよ」とはっきりと答えるのだった。 第9話のタイトルは「夏くんの恋人へ」。これまで物語の伏線として幾度となく登場してきた水季の手紙が、ついに開封される瞬間を迎えた。「自分が犠牲になるのが正解とは限りません」。そんな水季の言葉が、まるで現在の状況を予見していたかのように響く。そして「どちらを選択しても、それはあなたの幸せのためです。あなたの幸せを願っています」と続く文面に、視聴者の胸は締め付けられたはずだ。 水季が出産の岐路に立った時、その背中を優しく押した弥生の言葉。その温もりが、皮肉にも今、弥生自身を包み込む。ついに、弥生は夏に秘めていた本心を吐露する。「2人のことは好きだけど、2人といると自分が嫌いになる」と、複雑な想いを明かす。最後に夏の部屋に響いたのは、「海ちゃんのお母さんにはなれない。月岡くんとは別れたい」という、覚悟と痛みの滲んだ弥生の言葉だった。 人生の分岐点に立たされた2人の選択に、自分の気持ちに正直に生きることの大切さを、改めて考えさせられる。しかし、海を選ぶ夏の姿は、弥生が愛している夏の姿そのものだったのかもしれない。「どちらも選べない」と嘘をつけずに、「どちらかしか選べないなら海を選ぶ」とはっきり言ってしまう、残酷なほどの不器用な正直さがここにも表れていた。 また、『silent』(フジテレビ系)で世田谷代田駅の“あのベンチ”が人気の撮影スポットとなったように、今回は経堂駅のホームのベンチでの対話が心に残る名シーンとなった。終電間際のホームで向かい合う2人。どこにでもいそうな恋人同士に見えるのに、好きなまま別れなければならない現実が、その姿をより一層切なく映し出す。静かな駅のホームに響く楽しそうな2人の笑い声が、こちらの胸を強く締め付ける。 目黒蓮と有村架純が見せる涙の演技の素晴らしさは言うまでもないが、エンディングで流れるback numberの「新しい恋人たちに」との絶妙なマッチングが心を揺さぶった第9話の後半。特に一人取り残された夏が力なくホームを歩く中で「誰の人生だ」という歌詞が繰り返される場面に、私たちのそれぞれが生きなければならないのは、当然ながら“自分の人生”なのだと痛感させられる。 あの終電までの束の間に凝縮されていたのは、自分の人生を海と共に歩む決意をした夏の、“弥生の恋人”としての最後の時間だ。「月岡夏」から「海のパパ」へ変わろうとしている夏は、最後の電車を見送りながら、何を思ったのだろうか。
すなくじら