『ブギウギ』吉柳咲良に漂う若かりし美空ひばり感 圧巻の歌で“ゾーン”に入ったスズ子
NHK連続テレビ小説『ブギウギ』第121話において、バックステージでスタンバっている福来スズ子(趣里)の姿は、まるで大一番に挑むトップ・アスリートのようだった。極限の集中状態である、“ゾーン”に入っていた。 【写真】赤いドレス姿で「ラッパと娘」を披露した水城アユミ(吉柳咲良) 「東京ブギウギ」の大ヒットから9年。あの憎たらしい記者・鮫島(みのすけ)には「福来スズ子のブギはもう終わり」と書かれ、スズ子自身、人気の翳りを自覚していた。「昔みたいに体もよう動かへんし」と年寄りじみたことまで言う。いつまでも若く見えるスズ子も、もう42歳である。体力の低下に比例して、モチベーションも落ちてきているようだ。 そんなスズ子が、なぜ再び“ゾーン”に入ったのか。 それは、若きライバルの出現のせいである。 ライバルの名は水城アユミ(吉柳咲良)。この期待の超新星が、大晦日の大舞台『オールスター男女歌合戦』において、スズ子の持ち歌「ラッパと娘」を歌うことをお願いしてきた。あくまでお願いの仕方は謙虚だが、これはスズ子への“宣戦布告”とも受け取れる。 そしてこの超新星は、梅丸少女歌劇団時代のスズ子の憧れの先輩、故・大和礼子(蒼井優)の娘だったのである。 今作に登場する芸能関係者には、大体わかりやすいモデルがいる。福来スズ子の笠置シヅ子しかり。茨田りつ子の淡谷のり子しかり。羽鳥善一の服部良一しかり。 では、水城アユミのモデルは誰なのか。 まず、大和礼子のモデルと思われる飛鳥明子の娘さんは、歌手にはなっていない。だが、実際に舞台で笠置シヅ子と共演した女性俳優の娘としては、江利チエミがいる。 「笠置シヅ子の持ち歌を歌いたい」と言って一悶着あったのは、若き日の美空ひばりだ。 水城アユミは、美空ひばりや江利チエミら、笠置シヅ子に憧れた若い歌い手たちの集合体なのだろう。 水城アユミを演じた吉柳咲良は、見事に「昭和30年代の若手有望歌手」になっていた。 彼女の、今風にソリッド過ぎないシャープ過ぎない、ある種の“重さ”を携えた雰囲気が、昭和の空気を醸し出している。ちゃんと動けるけれどもフワフワせず、地に足のついた感覚だ。 意思の強そうな目も、よく噛んでご飯を食べてそうな輪郭も、間違いなく昭和だ。平成でも令和でもない。 そして彼女の風貌は、どことなく若い頃の美空ひばりに似ているのだ。 これらの要素は、なにも昭和30年代を舞台にしたドラマだからそう感じた、というわけではない。 彼女の主演作で、現代の女子高生を演じた『初恋ロスタイム』(2019年)でも感じたことだ。 彼女が演じるヒロインは、肝臓に疾患を抱え、余命半年の宣告を受けている。いわゆる“難病もの”である。 だが、『世界の中心で、愛をさけぶ』(2004年)にも『君の膵臓をたべたい』(2017年)にも被って見えないのは、彼女の醸し出す、いい意味での“昭和感”ゆえだ。従って筆者が思い出したのは、昭和39年公開の吉永小百合主演作『愛と死をみつめて』である。 そして実は、筆者が彼女を「若い頃の美空ひばりに似ているな」と最初に思ったのは、この『初恋ロスタイム』を観ている時である。 美空ひばりがモチーフのひとりであろう水城アユミ役を演じることは、もはや天命だ。 彼女は、自身のYouTubeチャンネルで中森明菜やEGO-WRAPPIN’らの曲をカバーして歌っている。驚くほどに上手い。10代目ピーター・パンでもある。「歌は苦手」と公言していた趣里よりも、よっぽど福来スズ子向きじゃないか(事実、主演オーディションを受けている)。 そんな彼女が水城アユミとして歌った「ラッパと娘」は、素晴らしかった。 荒削りだが、若さと勢いがあり、それこそ昔のスズ子を観ているようだった。 だが皮肉にも、その素晴らしい「ラッパと娘」が、スズ子に火をつけてしまった。 水城アユミの曲終わりと同時にゾーンに入り、茨田りつ子に「わて、もう爆発しそうや!」と宣言してからの「ヘイヘイブギー」は、圧巻だった。 あのオーディエンスとの一体感は、幼少期から30年以上歌い続けてきたスズ子だからこそ出せたものだ。 スズ子のステージを観たアユミは、呆然としていた。 「福来先生」と呼び、謙虚な姿勢を崩さなかった彼女だが、実は勝つ自信があったのだろう。ところが見事に返り討ちに遭い、ショックを隠せない。だが、彼女はまだ若い。来年の歌合戦でのリベンジに向けて、燃えているはずだ。 しかしながら『ブギウギ』は、あと1週で終わりである。しかも予告では、「わて、歌手を引退しようと思います」と宣言している。確かに史実上の笠置シヅ子も、これぐらいのタイミングで歌手を引退している。 どうやらスズ子の勝ち逃げである。だが、これをバネに奮起した水城アユミは、やがて国民的大歌手になるはずだ。 残すところ、あと5話。福来スズ子の人生を、心して見届けたい。
ハシマトシヒロ