米津玄師、朝ドラ主題歌を歌う(前編)
人間関係は誤解の連続「私とあなた」からまずは
──歌詞についていくつか伺います。「春」も印象的に登場しますが、ドラマ放映時期を意識されてのことですか? 偶然の一致かもしれません。書いているうちに春というワードがやってきて、それが印象的だったんですよね。実際、作っているときはいつ放送開始か知らなかったんです。自分にとっては目の前にある締め切りが一番大事で。 ──春はお好きですか? どうでしょうね。一番好きなのは夏です。夏は活気があるけれど同時に死の匂いがするというか。蝉もすぐに死んでしまうし。個人的な感覚ですが、夏だけ“終わる”感じがするんですよね。他の季節は“始まる”けれど、夏だけは終わりが色濃く、センチメンタルな感じがして好きですね。 ──「100年先でまた会いましょう」は、寅子目線の時間軸なのか、普遍的な単位なのかどちらでしょう。 そもそも100年先とか遠い未来に憧れがあるというか、救いを感じるんですよね。今この世の中で起きている問題や、怒りだとか悲しみだとか、面倒くさいこともいっぱいあるけれど、100年、200年先のすごい遠い未来では、そんなこと誰も覚えていない、些末なことなんだろうなと思えるんですよね。その果てしなさにすごく救われるというか、思いを馳せることが多いんです。それでも遠い未来、自分はこの世にいなくなったとしても残っているものは絶対あると思っていて。例えば、ガードレールやバス停だとか、誰が作ったか知らないけれど、絶対に誰かが作ったことは間違いないじゃないですか。そういうふうに見ていくと、この世の中はいろんな人たちが残した祈りで満ちている。誰かがこうでありたい、みんなが幸せになれる何かが作りたい、そうやって1人1人が作り上げてきた結果が今の社会になっていて。それはすごく美しいなと思うんですよね。だから先人たちが願いながら作ったものを受け取り、自分たちもこれから何かに対し願いながら行動を起こしていく。それを受け取る人は確かにいる。そういう連続が美しいなと思う。ドラマもおよそ100年前に実際に起こった出来事を元にしていますが、女性で初めての弁護士となり、藪をかき分けながら進んだ結果、今では女性弁護士が当たり前のことになった。その連続性を表現したいなと。 ──「100年」はリアリティのある、絶妙な時間の単位ですよね。しかし、米津さんの曲は100年後もたくさん残っているのではないでしょうか。 そうなってくれたらいいなぁと思いますが、時の運もありますし。でも、全然残っていなくていいなとも思います。現時点で誰かに影響を与えているのは明らかなので、そこから希釈されていくけれども、覚えている集団の中に自分が作ったものが残っていく。そうやって遍在したいですね。 ──「しぐるるやしぐるる町へ歩み入る」は、種田山頭火の「しぐるるやしぐるる山へ歩み入る」という俳句からだと思うのですが、冷たい雨が降っていても進んでいくという意味が、寅子の姿に合っていると感じました。 その句は、ふと思い出したというか、ドラマに似つかわしいんじゃないかなと。「しぐるる」ってよくないですか? 語感のいい単語ってすごく好きで、いつか歌いたいと思っていて。「燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや」の「いずくんぞ」とか、なにその音?みたいにグッと来るんです。 ──「虎」も「翼」も歌詞に登場しますが、ドラマタイトルから何か影響を受けましたか? 虎も翼も力の象徴というか、空を飛ぶにせよ、肉食獣としても、力の先にある解放というイメージがありますよね。そこが大事なところで、抑圧から解放されていく表現として使いたいなと思いました。 ──最後のフレーズ「生まれた日からわたしでいたんだ 知らなかっただろ さよーならまたいつか!」は、自分のままでいいんだと、肯定される感じがしました。 私とあなたから始めませんか?ってよく思うんですよ。人間1人1人にはいろいろな属性やその時々の状態がある。その関係性にも、親子、友達、同僚など名前がついている。もちろんその上で役割を担いながら生きていくのも大事なことではあるんですが、それにしても、まず私とあなたじゃない?って。友達だからこれをして当たり前、親子だったらこうするべきと、そこに当てはめて何も考えず、ただ安心したいがための関係性は、すごく不健康な気がします。そうやってお互いを縛り合うような関係性は、あんまり自分は築きたくない。 一般的に見て、少し歪であまり類を見ない形だとしても、それは別に関係性として劣っているわけではないと思うし。私は私で、あなたもあなたで、どちらも刻一刻と変わっていきますと。でも、変わってしまっても構わないし、その時のあなたがいなくなったとしても、それはそれで構わない。 そういうふうに、相手を自明のものだと思い込まずに、あなたとして見る。私は私として生きる。それはすごく重要なことだと思っています。 人間関係って誤解の連続というか、1から100まで全部相手に伝わることなんてありえないし、軋轢を生みながらコミュニケーションを取るのが常だと思うんですけど、それを悪用する人もいる。属性によって差別したり、主語を大きくして大雑把に一括りにしたり。そういうところから距離を取るためにも、私は私、あなたはあなた、から話を始めないと、どこか暴力的なものになってしまうという気がするんで、大事なことだなと思います。 ●『さよーならまたいつか!』配信中 NHK連続テレビ小説『虎に翼』主題歌 「タイトルから自然と虎に翼が生えた絵に。描いていくうちに、あの色使いになりました」(米津) ●米津玄師 2009年よりハチ名義で、2012年から米津玄師として活動をスタート。2018年リリースの「Lemon」で300万セールスを記録し、日米初となるBillboard JAPAN 2年連続での年間ランキング首位獲得など、数多くの記録を樹立。DAOKO「打上花火」、Foorin「パプリカ」、菅田将暉「まちがいさがし」などアーティストプロデュースも手がける。以降、「馬と鹿」「感電」などヒット曲を連発。2020年にはアルバム「STRAY SHEEP」を発売し、ゲーム「FORTNITE」での革新的な全世界バーチャルライブを催す。2022年は「PlayStation」CMとして「POP SONG」、映画「シン・ウルトラマン」主題歌「M八七」、TVアニメ「チェンソーマン」OPテーマ「KICK BACK」を書き下ろし、2年半ぶりのツアー「米津玄師 2022 TOUR / 変身」を行う。2023年はツアー「米津玄師 2023 TOUR / 空想」を開催。ジョージアCMソング「LADY」、「FINAL FANTASY ⅩⅥ」テーマソング「月を見ていた」も話題に。そして米津玄師名義では100曲目となる「地球儀」を、宮﨑駿監督映画『君たちはどう生きるか』主題歌として書き下ろした。 Photo_Tomokazu Yamada Text_Mika Koyanagi
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