かわいい子猫、中身は冴えない中年男『ねこに転生したおじさん』魅力は正反対の“奇妙”な一体感?
やじま氏のX(旧Twitter)アカウントにて連載中のマンガ『ねこに転生したおじさん』(以下『ねこおじ』)が話題だ。2023年2月5日に突如投稿が開始された本作は、深夜にポストされるや否や一瞬で何千いいねが付くほどの人気となり、今年の「次に来るマンガ大賞 WEBマンガ部門」で第2位に選ばれるなど、大注目のコンテンツである。追い風に吹かれるやじま氏のX(旧Twitter)アカウントのフォロワーは、55万人(2023年12月5日現在)に迫る勢いだ。 【写真】話題作『ねこに転生したおじさん』を試し読み このマンガの主人公は猫のプンちゃん。物語はサラリーマン生活を送っていた中年男性(通称、“おじ”)が、猫に転生してしまうところから始まる。慣れない路上での野良猫生活に四苦八苦していたところ、偶然にも勤め先の社長に拾われ、共に生活をすることになる、というのが大まかなあらすじだ。 クリクリとした大きな瞳と子猫の小さな身体で繰り広げる日常の物語が多くの読者を魅了しているのだが、実は本作にはプンちゃんを凌ぐほどの人気キャラクターが存在する。それはプンちゃんの転生前の姿である中年サラリーマンのおじさん、通称“おじ”である。本稿ではなぜ“おじさん”である彼が愛されているのか、そして『ねこおじ』の魅力を伝えていく。 ■やじま氏の発明 子猫と“連動する”おじさんの姿 『ねこおじ』の最大の特徴は、転生後の姿だけでなく転生前のおじの顔もしっかりと描かれる点だろう。愛らしい子猫の後ろには、必ずスーツ姿のおじさんがぼんやりと浮かんでいるのだ。プンちゃんとおじは一体なため、表情や動き、仕草が連動する。飼い主である社長らにはその姿は見えないが、私たち読者には常に「ねことおじ」がセットで目に映る。そのため、おもちゃで遊ぶ猫はおもちゃではしゃぐおじさんだし、社長が愛でる猫は社長に愛でられるおじさんだし、毛づくろいする猫は猫の動作を必死で真似するおじさんだと認識してしまうのである。 これはすごい発明だ。老若男女から無条件で愛される猫と、いつの時代も疎まれる“おじさん” 。正反対な2つの存在が一体化した際に生まれる奇妙な違和感が、とてつもない存在感を発揮すると誰が知っていただろうか。 猫そのものを擬人化させる手法はよく見るが、人間の顔を描いたことにより読者は詳細な感情を読み取ることができるようになった。そしてその人間は“おじ”だったからこそ、プンちゃんの魅力が倍増したのだと考えられる。 ■これまでの“おじさん”系作品とはどう違う? これまでにも“おじさん”人気を生み出した作品は存在した。一児の父がヒーローとなるアニメ『TIGER&BUNNY』(KADOKAWA)や、仕事に厳格な中年男性が恋をするドラマ『おっさんずラブ』(講談社)が記憶に新しい。『TIGER&BUNNY』の鏑木・T・虎徹は魅力的な容姿と、街を救うことへの熱血さが支持を得た。『おっさんずラブ』は乙女のように変貌した黒澤部長を応援する視聴者が多かった。 しかし『ねこおじ』の“おじ”はどちらのタイプでもない。“おじ”は小太りの体型に薄い頭皮、顔には冴えないメガネ......と、モテるタイプとはかけ離れており、職場で注意される回想が度々あることから、仕事ができるタイプでもなさそうだ。平日にソファで寝転ぶことに喜びを感じ、会社に同行されそうな際には「二度と通勤したくないですっ」と絶望する。虎徹や黒澤部長に比べ、リアルな人物像だと言えるだろう。 そんな彼が猫の生活を謳歌し、些細な日常に幸せを見出す姿は見ていて微笑ましい。人間の理想の生き方をマンガの中で叶えてくれているようにさえ思える。 プンちゃんの“中の人”はキラキラした女性でも、ピュアな子供でも、活力のある男性でもダメなのだ。どこにでもいる平凡で、若干の哀愁が漂う“おじ”だからこそ、私たち読者は背伸びをせず共感し、寝る前のひとときに読む『ねこおじ』の世界に没入できる。 『ねこおじ』には他にも多数の“おじさん”が登場する。仕事の鬼でありながらプンちゃんを溺愛する社長、神経質な言動で“おじ”に苦手意識を持たれていた谷さん、コワモテな外見ながら猫グッズを作成する店長、同じく猫を飼うホラー作家のお隣さんなど、その誰もが猫の前では弱みを見せ、無防備になる。中年男性の生きにくさが叫ばれる昨今、まるで猫の存在が彼らの痛みを緩和してくれているようだ。 プンちゃん(おじ)の猫側の視点でも、社長たちの人間側の視点でも楽しむことができる本作は、X(旧Twitter)に投稿された作品に書き下ろし20ページを加え書籍第1巻が発売されたばかり。今後はSNSマンガに馴染みのない層にも届き、全世代の心をほぐしてくれるだろう。
文=三鷹なつみ