『アンチヒーロー』吹石一恵が託した司法の信頼と誇り 絶体絶命の明墨は活路を見出せるか
父と娘のモチーフが表す“罪と赦し”
時間は限られている。志水はいつ死刑が執行されるかわからない。明墨は弾劾裁判中の瀬古(神野三鈴)と接触する。裁判で証言してもらうためだ。無罪の証拠は、意外な線から見つかった。事件当時の志水のノートを読み返した紫ノ宮(堀田真由)は、毒殺された糸井一家の症状は、志水が用いたタリウムの症状と食い違っていることを発見した。疑われる仮説は捜査機関が鑑定結果を書き換えたこと。入院中の桃瀬が医師に質問していたのは、毒物に関することだった。 明墨は勾留中の倉田に面会に行く。証言を拒み、娘を利用するなと憤慨する倉田に、紫ノ宮は人の命より大事な将来はないと言い、真実を話すように促した。倉田は伊達原の指示で映像データを隠ぺいしたことを告白し、鑑定結果を書き換えた可能性を示唆した。 本作には父と娘のモチーフが繰り返し登場する。縦のヒエラルキーを覆す下剋上には父権社会における「父殺し」の構図があり、既存の秩序に挑戦する別の正義の対決として理解できる。父と娘は多義的な関係性を含むが、一つ挙げるなら「罪と赦し」ではないか。紗耶に会いたいと志水が日記につづり、紗耶が一緒にいたかったと志水に訴えるとき、そこには善悪を超えた無償の愛がある。その姿は、紫ノ宮を守るために沈黙を貫いた藤木と自ら罪をかぶる父を弁護する紫ノ宮に重なる。 伊達原が冤罪を認めなかったのは、生まれくる娘のためでもあった。十字架を背負うすなわち冤罪とわかって不正に手を染める。フィクションとはいえ、このような事態が成立しうる司法制度について考えさせられる。明墨は「二度と過去は戻ってこない。だが未来は別」と語った。エンディングで衝撃的などんでん返しがあった第9話。善と悪、希望や犯した罪すべてを飲み込みながら、ドラマは最終話という未来に向かって進む。
石河コウヘイ