大型作品の日本ロケを誘致するには?東京国際映画祭のセミナーで海外のプロデューサーらが語った”4か条”
11月1日まで開催された第36回東京国際映画祭では、併設された映画マーケット(TIFFCOM)と共同で映画業界にまつわるシンポジウムが行われていた。そのなかで、MPA(Motion Picture Association、外資スタジオ6社からなる映画協会)が共催したセミナーでは、「ロケ誘致と映画産業の発展」と題し、海外プロダクションの日本ロケを誘致する方策について話し合われた。 【写真を見る】シーズン3は日本がロケ地候補だったというHBOの人気ドラマシリーズ「ホワイト・ロータス/諸事情だらけのリゾート」 国会議員や在日米国大使館公使、内閣府知的財産戦略推進事務局長など来賓の挨拶に続いて1990年代から日本における海外作品の撮影に携わってきた、プロデューサーのジョージナ・ホープ氏が基調講演を行った。ホープ氏がいままで手掛けた日本撮影作品には『ジャンパー』(08)、『G.I.ジョー:漆黒のスネークアイズ』(21)、『グランツーリスモ』(23)などがあり、今春より東宝株式会社と提携しTOHO Tomboピクチャーズ株式会社を設立、日本で撮影を予定している海外作品に対しプロダクションサービスを提供している。 ■タイ政府による大胆な支援策…大型作品の誘致に欠かせないロケーションインセンティブ ホープ氏は、世界中のプロデューサーや制作プロダクションが日本で撮影を行いたいと考える理由に、漫画やアニメなどのポップカルチャーを含め世界的に日本への興味が高まっていることと、日本の制作スタッフの技術力が高いことを挙げた。だが、大型作品の撮影を誘致するにはいくつかの障壁が立ちはだかるのも事実だ。ホープ氏は、ロケーションインセンティブ(税制優遇措置、補助金など)とフィルムコミッションの機能向上を図らなくては、いくら魅力的なロケ地でも撮影を行うことは難しいと提言する。実は最近、大ヒットした北米のドラマシリーズの最新シーズンの撮影地を探しているクルーに日本のロケ地を案内したという。ショーランナーもプロデューサーも日本が気に入り、物語的にも適していると判断した。だが、約1年間に及ぶ長期ロケが決定される間際に大きなニュースが入った。同じくこのドラマを誘致していたタイ政府がロケ支援策を見直し、30%のリベート(撮影に使った金額の30%をキャッシュバックするシステム)を決定。その額は、440万ドル(約6億6000万円)に及んだという。ホープ氏は3500万ドル(約52億6000万円)の予算で作られる番組名を明言しなかったが、これはHBOの人気ドラマシリーズ「ホワイト・ロータス/諸事情だらけのリゾート」の新シーズンであることが映画業界誌「DEADLINE」の記事で明かされている。 こうしたロケーションインセンティブは、アメリカ国内ではジョージア州やニューメキシコ州、海外ではカナダやイギリス、ハンガリー、オーストラリア、ニュージーランド、タイなどが盛んに行っている。日本でも2019年5月に内閣府とVIPO(特定非営利活動法人映像産業振興機構)による「外国映像作品ロケ誘致に関する実証調査」が始動し、2019年度は『僕はチャイナタウンの名探偵3』と『G.I.ジョー:漆黒のスネークアイズ』、2020年度は『Tokyo Vice』がパイロットプログラムとして採択されている。そして、今年9月には「海外制作会社による国内ロケ誘致等に係る支援」として、日本で行われる海外作品のロケに対し、経済産業省とVIPOが日本で撮影を行う作品に対し補助金を出すことを発表した。対象は「日本を撮影ロケーションに含んだ海外製作作品で、海外制作スタッフが参加している大型映像作品(実写映画、配信ドラマ等で、日本国内における直接製作費5億円以上の作品もしくは総製作費10億円以上かつ日本国内における直接製作費2億円以上の作品)」で、日本での撮影対象経費の最大50%を補助し、上限は10億円という諸外国に例のない高レートの還元率を目玉にしている。 だが、このような魅力的な数字を掲げたのにもかかわらず海外映画業界誌「Variety」が厳しく評したのは、募集要項が出てから約10日間以内に申請、日本の法令に基づき設立された法人によって日本語で申請と報告書類の作成、事業完了は遅くとも2024年1月31日(水)までと、手軽に使えるスキームではないからだ。 ■日本に必要なのは、どの街でも共通の「撮影に関する一元化されたルール」 セミナーの第2部では、ジョージナ・ホープ氏、2019年よりNetflixでアジア太平洋地域制作ポリシー担当ディレクターを務めるデブラ・リチャーズ氏、カナダのプロデューサーで、日本で『シルク』(07)を撮影、HBOとA24による最新作『The Sympathizer』(24、パク・ チャヌク、フェルナンド・メイレレスほか監督)ではタイで大規模な撮影を行ったニブ・フィックマン氏、そしてジャパン・フィルムコミッション事務局長の関根留理子氏が登壇しパネルディスカッションが行われた。 日本における撮影経験が豊富なホープ氏は、「日本での撮影に対する関心は非常に高いので、私たち全員がここで問題点を洗い出し、最善の方法を考えれば簡単に解決できると思います」と発言。そのなかでも第一の問題に挙げるのは、どの街でも共通する道路使用許可や撮影に関する一元化されたルールづくりについてだった。「渋谷での撮影ではスニーカーを履いてくることが必要不可欠なんです。それは、“ゲリラ撮影”という楽しい方法があるからです(笑)」と、ホープ氏は笑いをとるが、街によってルールが異なる行政との交渉は疲弊するばかりだと語る。そして、使い勝手のいいロケーションインセンティブがなければ、ロケ撮影は他国に流れる一方だと警鐘を鳴らす。 ピュリッツァー賞受賞小説が原作のHBOのミニシリーズで、70年代半ばのベトナム難民の物語である『The Sympathizer』をタイで撮影したばかりのフィックマン氏は、「当初は物語の舞台であるベトナムで撮影する予定でしたが、インセンティブもなく、政府の協力体制も望めませんでした。HBOにとってインセンティブは絶対条件でした。そこで、魅力的なインセンティブと高度な撮影インフラが整った隣国のタイで撮影することに決定したのです」と語る。タイにはハリウッドなどの海外で経験を積んだローカルスタッフも多く、ソフト面でもハード面でも海外作品のプロダクションを受注する環境が整っているのだという。それはフィックマン氏の母国カナダも同様で、政府が国内作品と外国作品に対し同等のインセンティブを与えることで作品誘致に成功し、ハリウッドの大型作品に携わったスタッフが著しく成長した。その彼らがローカル作品を手掛けることで、カナダ製作の映像作品の水準が上がる好循環が生まれたという。 ■Netflixのリチャーズ氏が提示する、ロケ誘致に必要な4か条 Netflixの制作体制を決定するリチャーズ氏は、ロケ誘致に必要な4か条を挙げた。それは「スタッフの能力」「撮影インフラの整備」「撮影フレンドリーな環境」そして「インセンティブ」であり、現在その4点が完璧に揃っているのがタイだという。「タイはローカルプロダクションではなく、国際的なプロダクションに携わってきたので、競争力のあるグローバルなインセンティブを作りました。スタジオやプロダクションサービスなどのインフラも整っていますし、政府も尽力しています。オーストラリアでもニュージーランドでも同じです。例えば、フィジーにはかつて70%リベートという魅力的なインセンティブがありましたが、経験値のあるスタッフもインフラもなく、すべてを持ち込まなければなりませんでした。つまり、ロケ誘致を成功させるためには4つすべてが必要なのです」。 ジャパン・フィルムコミッションの関根氏によると、ホープ氏が例に挙げた「ホワイト・ロータス/諸事情だらけのリゾート」に限らず、マーティン・スコセッシ監督が遠藤周作の原作を映画化した『沈黙-サイレンス-』(16)や、『ミッション:インポッシブル/デッドレコニング PART ONE』(23)といった大型作品も日本での撮影を検討していたが、インセンティブの有無や許認可の煩雑さで断念したという。 ■明らかになった課題、目指すべきは「撮影フレンドリーな環境」 「撮影フレンドリーな環境」という意味では、国内に300件以上のフィルムコミッションがある日本は“撮影大国”と呼べるかもしれない。300件のうち130件あまりを束ねる関根氏に対し、「それらの300件の連携は?」といった質問が寄せられ、ホープ氏は「量より質だと思います。区役所の撮影許可担当者がすぐにほかの部署に異動になってしまうということもよくありました」と疑問を呈した。関根氏は、「各市町村では複数の職務を1人で担っていたり、撮影隊が来るからとフィルムコミッション担当を立てることもあります」と説明するが、百戦錬磨の海外プロデューサーたちはなかなか引き下がらない。議論が平行線になるのは、彼らが抱くインセンティブプログラムの申請、施行などの疑問点は政府の管轄であり、フィルムコミッションの権限で善処できるものではないから。こういった日本行政の“わかりにくさ”は、撮影フレンドリーな環境とは言い難い。 各国の撮影誘致政策に詳しいリチャーズ氏は、「撮影フレンドリーな環境とは、あらゆる種類の公的機関が制作やポストプロダクションを奨励してくれること。そして、映像制作に若い人が参入できるよう奨励することです。映画制作はすばらしい経験になります。私はよく若い人に『プロダクションアカウント(制作経理)を目指しなさい』と言うんです。なぜなら、そのスキルがあれば、映画の撮影と共に世界中を旅して、すばらしい人生を送ることができるからです。下積み時代のスキルは非常に貴重です。だから、若い人たちがこの業界を目指してくれるよう、万全な体制で受け入れる環境をつくることが大切なのです」と述べ、「実験的インセンティブプログラムから恒久的なプログラムに移行しようとしている日本政府に感謝したい。次の一歩を踏み出したことに拍手を送ります」と白熱したパネルディスカッションをまとめていた。 このセミナー、特にパネルディスカッションで明らかになったのは、映像作品のロケ誘致は輸出に相当する経済政策であるということ。Netflixのリチャーズ氏が言うように、ロケ誘致に不可欠な4か条の「スタッフの能力」「撮影インフラの整備」「撮影フレンドリーな環境」、そして「魅力的なインセンティブ」は、ビジネスとして世界のコンテンツ市場を取りに行くための下準備である。日本ではまだロケ誘致について観光客を呼び込むロケツーリズムやインバウンド需要促進としか考えていない節があるが、諸外国は輸出産業の一角として位置付けている。その先には、カナダの例に挙げたような人材育成、そして日本の映像制作の底上げといった効果も期待できる。東京国際映画祭でこのようなセミナーが行われ活発な議論が展開されたことにより、始まったばかりの日本のロケ誘致とインセンティブプログラムがさらに進化していくことを望みたい。 取材・文/平井伊都子