岡口元判事「罷免」は「厳しすぎる」のか? 過去に罷免された“7人の裁判官”との比較から浮かび上がる「他人事ではない問題」【憲法学者に聞く】
法的な制裁はすでに与えられていた
志田教授はそれに加え、岡口元判事がすでに裁判所の内外で法的なペナルティを受けていたことも指摘する。 志田陽子教授: 「まず、遺族に対しては、岡口元判事はツイートを削除し謝罪しています。また、遺族から提訴された民事訴訟で慰謝料の支払いを命じられ、その支払いも済ませています。 遺族に対する法的責任は果たしており、かつ、総じて誠実な対応をとっているといえます。 一方、裁判所内部でのペナルティとしては、分限裁判(※)により戒告処分を受けています。裁判官の懲戒には『戒告』と、それより重い『1万円以下の過料』の2つがあります(裁判官分限法2条)。そのうち、裁判所はあえて軽いほうの『戒告』にとどめるという判断を行ったのです。 司法の独立性・自律性を尊重するならば、それを踏み越えて弾劾裁判に付したこと自体に問題があります」 ここでも、制裁による効果と、基本的人権、司法の独立性・自律性といった反対利益との慎重な比較考量が求められていたといえる。 ※分限裁判:裁判官の懲戒処分、免官(心身の故障、本人の申し出の場合のみ)について決定するための裁判。
過去の弾劾裁判の罷免判決と比較すると…
過去に裁判官が弾劾裁判で罷免された例は、岡口元判事の前に7件ある。まとめると以下の通りである(弾劾裁判所HP「過去の事件と判例」参照)。 ①昭和31年(1956年)4月6日判決 帯広簡易裁判所 高井住男判事 あらかじめ署名押印した白紙の令状(捜索・差押え等)を職員に預けておき、職員に令状を作成交付させた等 ②昭和32年(1957年)9月30日判決 厚木簡易裁判所 寺迫道隆判事 現地調停の帰路に当事者から800円相当の饗応を受け、その後にもみ消しを図った ③昭和52年(1977年)3月23日判決 京都地方裁判所 鬼頭史郎判事補 検事総長の名をかたって三木首相(当時)にニセ電話をかけ、指揮権発動の裁断を求めるなどした ④1981年(昭和56年)11月6日判決 東京地方裁判所 谷合克行判事補 担当事件の弁護士からゴルフセットと背広(合計18万円)の賄賂を受け取った ⑤2001年(平成13年)11月28日判決 東京地方裁判所 村木保裕判事 3人の少女に児童買春をした ⑥2008年(平成20年)12月24日判決 宇都宮地方裁判所 下山芳晴判事 裁判所の女性職員にストーカー行為をした ⑦2013年(平成25年)4月10日判決 大阪地方裁判所 華井俊樹判事補 電車内で女性のスカートの中を盗撮した これらの過去の罷免判決事例の共通項は何だろうか。また、岡口元判事の件と比較してどのようなことがいえるか。 志田陽子教授: 「過去の事例はいずれも、裁判の公正を害する行為や、令状主義違反や、首相に対する謀略まがいの盗聴活動や、犯罪に類する行為です。 鬼頭史郎判事補の『ニセ電話』は犯罪まではいきませんが、行政権に対し謀略をしかけ、その発動を誤らせるものであり、三権分立を決定的に侵害する重大なものだったといえます。 岡口元判事の場合、裁判の公正等を害する行為は見受けられないし、犯罪に類するような明らかな違法性も認められません。 SNS上で不適切な投稿をし、犯罪被害者遺族等の感情を傷つけたとはいっても、過去の罷免事例と比べると、悪質性のレベルが格段に低いといわざるを得ません」 では、SNSという媒体の特殊性はどう考えるべきか。SNSでの情報発信はあっという間に拡散され、その被害が甚大になる可能性がある。主任裁判員を務めた階猛衆議院議員(立憲民主党)は判決後の記者会見で、SNSでの中傷を苦に自殺する人もいることも指摘し、悪質性が高いと認定したと述べている。 志田陽子教授: 「本件で問題になったSNS投稿は、拡散によって被害が際限なく拡大する名誉毀損やプライバシー侵害のようなものとは質的に異なります。表現の仕方が遺族の心情を傷つけるものであったにしても、法的には、名誉感情侵害や侮辱にあたる表現ともいえません。 また、人格権侵害については前述の通り損害賠償を命じる判決が下され、法的責任を果たしています。 今日におけるSNSという媒体の特殊性を考慮するとしても、岡口元判事の行為は、過去の罷免事例と比べて悪質性が低いと考えられます」 SNSの危険性をどこまで判断材料として重視するかは、大きく結論を左右する。いずれの結論をとるにしても、事例に即し、慎重に判断することが求められるであろう。