『花子とアン』でこぴっと人気、甲州弁がおもしろい理由
『花子とアン』の「ずら」の用法がネットでも話題に
「おら、田中ちゃんの愛人つーこんずら」 2012年、某局の深夜番組で「ブサイク方言ワースト1」に選ばれた甲州弁がこちら。ほかにも「おまん、こっちんこうし」などなどケンミンのみなさんが数々の甲州弁をとりあげ、自虐ネタとともに盛り上がってから2年。NHKの連ドラ『花子とアン』のヒットで、ふたたび甲州弁が脚光(?)を浴びている。 語尾の助動詞「ずら」は『花子とアン』にも頻出し、その用法をめぐって「推定や確認を表わすのが本来の使い方。単純な肯定や断定に用いるのは微妙にズレてる」とズラ疑惑(?)が指摘されるなど、ネットでも甲州弁談義が花盛りだ。
武田信玄がつくらせた説も? 甲州弁をめぐる歴史冒険ロマン
「ずら」もいいけど「つーこん」って何? と、東京に隣接する立地ながら突っ込みどころ満載の言葉だらけな理由は、「江戸時代、天領だったために参勤交代がなかった」こと。方言そのものは庶民の生活から自然に生まれたにせよ、とくに戦国以降、その維持には安全保障上の意思が働いていたらしい。 「甲州弁は他国の間者を見分けるために武田信玄がつくらせた」とする伝説もあり、たしかに甲州弁の分布は、長野県中南部や静岡県の一部など信玄の版図と重なっている。もちろん一人の為政者が庶民の日常的な言葉遣いすべてを律せるはずもないが、「よそ者には暗号のような言葉」の定着をあれこれ策したことは想像に難くない。そして江戸時代中期、甲州は天領となって明治に至る。 諸藩にとって財政圧迫の元凶となった参勤交代は、一方で交通インフラの発達や文化交流、さらには言葉の混血や標準語の普及も促した。が、甲州は江戸弁と交わる機会がほぼ皆無。まれに甲府勤番となった武士が江戸言葉を伝えることはあっても、多くの甲州人には標準語と自分たちの言葉の違いを自覚する機会も必要もなかったわけだ。 といって、甲州弁が「ナイーブすぎ」と決めつけるのは早計で、「古語の伝統をもつ優雅な言葉」とする見方もある。 たとえば「泣くな」という意味の「ないちょ」。元文系の受験生なら禁止を表す古語の「な~そ」の文型を覚えているかもしれない。その「な泣きそ」の「な」が省かれ、「そ」が「ちょ」に変化して口語化したのが「ないちょ」。同様に「言うな」「行くな」は「いっちょ」、さらに強調するなら「し」をつけて「ないちょし!」「いっちょし!」となる。 古語との関連でいえば「うそこく」の「こく」は「告く」で、あの「てっ!」も、感動や驚きを表す「いで」に由来するとの説がある。 もうひとつ興味深いのが、多くの人が横浜発祥と考える「じゃん」。ドラマでは「じゃんね~」と使われることが多いが、「東京行くじゃん」といった勧誘的な用法は甲州弁独特、横浜とは微妙にニュアンスが異なる。 「じゃん」のルーツには諸説あるが、明治38年発行のグラフ誌の「甲斐地方のソウジャン、イイジャンはジャナイカに同じ」といった記述から、長野・諏訪地方から甲州街道を経て生糸が横浜に運ばれる際、「じゃん」もいっしょに伝わったというのが定説になりつつある。 さらに、五島列島に伝わる史書に溯る可能性も指摘されており、当地を治めていたキリシタン大名の有馬晴信が収賄事件に連座して甲府に幽閉されたこと、明治時代、島原の農民がジャガイモ栽培のために山梨に入植したことなども「じゃん」伝播の道筋を暗示している。なんだか甲州弁をめぐる歴史冒険ロマンのようだ。