『アンナチュラル』野木亜紀子脚本の巧さを解説 石原さとみ&井浦新の名演が生まれた背景
2018年に放送された石原さとみ主演ドラマ『アンナチュラル』(TBS系)が年末年始に全話一挙放送される。法医学ミステリーという人の死に徹底的に寄り添った、あまりにも美しく、そして残酷な物語は、毎話が涙腺崩壊させられる傑作だった。 【写真】白衣を着た石原さとみ ■野木亜紀子脚本の巧みさ 日本では、「アンナチュラルデス=不自然死」の8割以上が解剖されないまま、適当な死因を付けられて荼毘に付されている。これは先進国の中で最低の水準。そんな状況を変える為に作られたのが、不自然死究明救急所、通称UDI。ここに勤める法医解剖医の三澄ミコト(石原さとみ)を中心に、ベテラン法医解剖医の中堂系(井浦新)、臨床検査技師の東海林夕子(市川実日子)、バイトの新人記録員の医大生・久部六郎(窪田正孝)、所長の神倉保夫(松重豊)らが、毎回さまざまな「死」を扱いながら、その裏側にある謎や事件を解明していく。『逃げるは恥だが役に立つ』(TBS系/以下『逃げ恥』)、『重版出来!』(TBS系)を手がけた脚本家・野木亜紀子によるオリジナルストーリーだ。 本作は徹底的に“死者”に寄り添った物語。犯人がなぜ殺人を犯したかという動機や背景はどうでもよく(もちろん死因を探るのに追求はするが)、なぜ彼らは死ななければいけなかったのか、その死の真相について深掘りしていく。当然ながら、いくら解明したところで死というバッドエンドは変えられず、むしろ真相が明かされることで、新たな火種や悲劇を生み出すことにもなる。 しかしそうした背景を丁寧に描くことで、誰が良い悪いではなく、誰にも日常があり、この死者は誰に愛され、こういう人生があったという背景が見えてくる。だからより被害者に感情移入してしまうから残酷だ。主題歌である米津玄師の「Lemon」の〈夢ならばどれだけ良かったのでしょう〉という歌詞が登場人物、そして視聴者の感情を全てを優しく抱きしめてくるかのようだった。 生と死を描く重いドラマなのに、変に泥臭くなく、笑って泣けて、単純に暗いミステリーにはならないのはなぜか。それは『逃げ恥』や『重版出来!』でも見られた野木が得意とする、軽快さと真摯な姿勢という日常的なバランスを取り入れた群像劇だからであり、今作ではUDIラボのメンバーたちを取り巻く人間模様として絶妙に描かれているからだ。この丁寧な脚本を個性派キャストの役者陣が見事に受け止めた演技力とチームワークが今作の最大の魅力なのだろう。 ■石原さとみの“大人の演技”は必見 ミコトを演じる主演の石原さとみは、2016年に『地味にスゴイ!校閲ガール・河野悦子』(日本テレビ系)で、ファッション好きで我が道を進む河野悦子というキャラを軽快かつ迫力のある演技でまさに当たり役を演じた。今作では、これまで石原が演じてきたような棘を極限まで削ぎ落とし、それでいて、死者に徹底的に寄り添う信念を見せる巧みな演技だった。まさに大人の演技を今作で開花させている。 ミコトはある暗い過去があり、それが単にトラウマではなく、これまで色んな死体を目の前にして生きることの尊さと儚さを理解している、絶望や虚無とはまた違う、そうしたいろんなものを乗り越えてきた人を感じる無駄を削ぎ落とした演技は無我の境地に近い。その境地が時として、ミコトに好意を持つバイトの六郎に対し、男を意識しない弟のように接するやりとりの自然さが、逆に惚れてしまうような魅力でもある。 ■井浦新がイジられポジションで輝く脚本の妙 逆にギラついているのが、井浦新演じる中堂。彼にも悲劇的な過去があり、その事件の真相追求が彼がUDIにいる理由で、ドラマの最後の戦いでもある。井浦がこれまで演じてきた役柄のように、あまり表情を変えず、暗くて気難しいキャラを演じ、「クソ」「バカ」を多用するなど言葉遣いと態度の悪さ、そして倫理観がぶっ壊れた無頼派気質。だが、仕事を頼めば文句を言いながらもしっかりとプロの仕事を見せていく。 ここまではいつもの井浦なのだが、松重豊演じる所長が、中堂のツンケンな態度を実況して解説してみたり、中堂をパワハラで訴えている飯尾和樹(ずん)演じる臨床検査技師の坂本が、そのパワハラを盾にして茶々を入れ、それを「ぐぬぬ……」と仕事の為に耐えながらやり過ごしてくかわいらしさがあった。さらに感謝されるとちょっと嬉しそうだったりと、井浦をある意味イジられポジションにしていることで、一気に親近感が湧くキャラにさせているところが野木脚本のうまさだ。 とはいえ、中堂を突き動かすものは大事な人を殺した犯人への殺意が原動力。ほぼミコトたちをバックアップする存在だが、たまに犯人を恨む彼の倫理なき暴走する感情を、ミコトはどう理性のある判断で抑えていくのかに注目だ。「Lemon」の歌詞は中堂の真相が見えてくるにつれ彼に宛てた歌詞のようにも思えてくるが、互いに不自然死に関する辛い過去を持つミコトと中堂が徐々に信頼し、チームワークが生まれていく過程が見どころだ。 ■六郎(窪田正孝)の葛藤と成長 もう一つの見どころは六郎の成長だ。UDIのバイトだが、UDIの内部事情を知りたい『週刊ジャーナル』から送り込まれたスパイでもある。人畜無害なキャラで、頼んだ事はソツなくこなす。それゆえに情熱も特に感じられないというのが当初の六郎だが、ミコトの側で学んでいくことで法医学に興味とやり甲斐を感じていくのに反して、マスコミへの後ろめたさを感じていくという、彼なりの光と闇の間での葛藤と成長を見せる。前者の2人とはまた違った意味で表情に出さない演技で、正義に目覚め逞しくなっていく姿を表現していく。この繊細な窪田の演技の素晴らしさも必見だ。 死者に徹底的に寄り添う丁寧な脚本とキャストの演技力、この2つが揃うとここまで魅力的な作品ができるのかと感じさせてくれる『アンナチュラル』。第1話から深く考えさせられる傑作となっているので、未見の方は逃さず観ていただきたい。
本 手