「学ばなければなりません」ジルさんが考える「良いGKの基準」60歳のイタリア人指導者が進めるサガン鳥栖の育成プロジェクト
イタリア出身のバッレージ・ジルベルト氏は、サガン鳥栖のGKダイレクターとしてアカデミーからトップチームまでのGKに自身が培ってきたものを伝えている。インタビュー第3回では、指導法をアップデートし続ける“ジルさん”が掲げる「良いGKの基準」を訊いた。(取材・文:佐藤徳和) 【2024明治安田Jリーグ スケジュール表】TV放送、ネット配信予定・視聴方法・日程・結果 J1/J2/J3 プロフィール:バッレージ・ジルベルト 1963年11月22日生まれ、イタリア・マルケ州出身。長くイタリアのクラブでGKコーチを務め、2017年8月から19年までは同胞のマッシモ・フィッカデンティ監督率いるサガン鳥栖のGKコーチとして権田修一、高丘陽平らを指導。20年にイタリアに戻り、昨年1月にGKダイレクターとして鳥栖に復帰。これまで培ってきたGK哲学をトップチームから育成年代まで広く伝えている。
3年ごとにライセンスを更新「学んだことを私なりにアレンジしていく」 ――先ほど名前が挙がったジャンルイジ・ブッフォンをはじめ、イタリアは優秀なGKを輩出してきました。これまで長きに渡ってイタリアで指導されてきましたが、ジルさんはイタリアの指導法が優れていると感じますか? 「ヨーロッパにおいて、イタリアのGK指導法は良く知られていますが、私はイタリアが最高だとは思っていません。最高ではありませんが、卓越した指導法を持っているとは思っています」 ――「最高ではない」というのはどういう意味でしょうか? 「スペインやブラジルの指導法が劣っているとは思っていませんし、彼らから学ぶものはたくさんあります。すべての国の指導法を見ているわけではありませんが、仕事以外の時間でもいろんなトレーニングを見ています。私には私なりの方法がありますが、いろんなところから学ぶことができます。そして、学んだことを私なりにアレンジしていくのです」 ――長い指導経験をお持ちのジルさんでも、アップデートされているんですね。 「トレーニングから帰る途中に、草サッカーの練習に見入ってしまうことがあります。GKはどういう練習をしているのか興味が湧きますね。私は柔軟な考え方を持っていますし、1つの指導法に執着することはありません。自分の指導法が最も優れたものであるとは考えていませんし、ほかの指導法を受け入れる姿勢は持っています」 ――GKは20年前と現在では全く異なるポジションですが、指導方法をアップデートしていくのは大変ではないでしょうか? 「3年ごとにFIGC(イタリア・サッカー連盟)の講座を受講し、ライセンスを更新しなければならないので、その更新のたびに情報をアップロードできています。昔と違ってGKも足をよく使いますから、そういったことも学ばなければなりませんね。しかし、GKに求められる守備の技術というものは、絶対に変わらないと私は考えています」 ――他にはどんなことを勉強しているのですか? 「また、フィジカルを強くするためのトレーニングは日々変化しているので、この分野は新たに学ばなければなりません。その他にも、心理学、トレーニング方法、技術といったものをオンラインで勉強しています」 名伯楽が感じる変化「サッカーは変わりましたね」 ――変化という意味では、GKに求められる役割も変わっています。 「ヨーロッパではGKの大型化がこれからも進むと思います。インテルは背の高くないゾマーを正GKとしていますが、それはレアケースでしょう。大きなGKは敏捷性で劣るかもしれませんが、今後もGKの大型化の流れは続くはずです。それに加えて、GKからのビルドアップという流れも続くでしょう。ただ、そういう意味では、背の高さよりも足元の技術の高さを求めるGKコーチがいることも確かです。サッカーは変わりましたね」 ――足元の技術もそうですね。鳥栖はGKも積極的にビルドアップにかかわることが求められます。 「もし後方からビルドアップしたいのであれば、当然GKも加わらなければなりません。ただ、相手チームはGKにプレッシャーをかけてきます。Jリーグの試合でも後方からのビルドアップの際にボールを奪われ失点するシーンはよくありますが、リスクはつきものです」 ――そのリスクにどう対処するかが問われますね。 「GKがボールを保持する時間が長くなれば、相手チームに陣形を整える時間を与えてしまいます。そうすると相手はプレス強度を高めることができるので、その分ボールを保持しているチームはミスをする可能性は高くなります。正直なところ、GKは何よりもまず失点を防ぐことを考えなければなりません。そのため、ゴールからできるだけ遠ざけて、ボールを奪われるリスクを減らすべきだと私は考えています」 ――ミスを減らすためには、できるだけ早く判断する必要がありますね。 「優れたGKであればリスクのある状況でも、『ダイレクトで蹴るべきか、ワンタッチしてから蹴るべきか』という判断に長けています。ボールを受ける前に、『どのタイミングで、どこにボールを蹴らなければならないか』ということを常に考えておかなければなりません」 「良いGKの基準」「GK育成プロジェクトは順調に進んでいる」 ――GKという役割は専門的であるがゆえ、プレーに対する批評が難しい傾向にあります。我々メディアやファン・サポーターがGKの理解を深めるためには、どうすればよいでしょうか。 「これは難しい質問ですね(笑)。私はいつも『GKがどのようなポジショニングを取っているか』を見ています。それから、守備陣に指示を出しているか、リーダーシップを備えているのか、ボールの位置に対してどのように動いているか、逆に動きすぎていないか、ということを確認しています」 「また、角度のないところからのシュートではニアをしっかり守れているのか、飛び出さなければならないクロスに対応できているか、最終ラインが上がっているときにその裏のスペースを守れているか、ゴールに張り付きすぎていないか、という点も評価の対象になります」 ――セーブシーンだけではなく、それ以外の時間で何をしているかも大切なんですね。 「もちろん、ミスの少なさも大事なポイントですが、ミスは誰にでも起こることです。私にとっては今挙げた点が良いGKの基準となります」 ――インタビューを通じて、ジルさんの考える良いGKの基準が着々とサガン鳥栖のGKに落とし込まれているのだろうと感じました。鳥栖のGKダイレクターとしてどのような目標を持っていますか? 「昨年から始まったこのGK育成プロジェクトは順調に進んでいます。トップチームの室(拓哉)GKコーチを含めたGKコーチ陣の唯一の目標は、下部組織からトップチームにGKを送り込むことです。これまで鳥栖にはそのような実績がないので、私が鳥栖を離れイタリアに帰る前に、これは実現したいと強く願っています」
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