『葬送のフリーレン』『SPY×FAMILY』『薬屋のひとりごと』 種﨑敦美はなぜ重用される?
超能力を持った少女のアーニャ・フォージャーと、1000年を生きるエルフの魔法使いフリーレン、そして後宮で皇帝の妃として生きる玉葉姫と、まるで共通したところのないアニメのキャラクターを、たったひとりで演じている声優が種﨑敦美だ。そのキャリアを振り返ると、実に多彩な役どころを演じてきたことが分かる。どうしてこれほどまでに重用されるのか。ここからどれくらいの名優になっていくのか。これまでの演技や言葉から想像してみた。 【写真】種﨑敦美と市ノ瀬加那の2ショット(撮り下ろし) アニメファンはいつ、種﨑敦美を意識したのか。12月20日にBlu-rayが発売となる『特別編 響け!ユーフォニアム~アンサンブルコンテスト~』にも登場していたオーボエ奏者の鎧塚みぞれが、主役となった映画『リズと青い鳥』での繊細な演技だった人がいるだろう。『残響のテロル』でいつもいじめられていた三島リサの、怯えて震えるような演技だった人もいるかもしれない。 そうした、ネガティブ感が漂う抑揚に乏しい演技に、『となりの怪物くん』でもんじゃ焼きを食べながら勉強ができないと嘆く夏目あさ子の演技から、種﨑敦美を意識していた人は本当に同じ人かと驚いたかもしれない。逆に、三島リサの後で『すべてがFになる』の西之園萌絵を観た人は、ネガティブ感が一変してポジティブ思考にあふれた演技となったことに、意外性を覚えたかもしれない。 違う、それらではなく『鬼灯の冷徹』に登場する、愛らしい見かけながらも内心に狸への怨みを抱いたうさぎの芥子こそが、種﨑敦美の神髄だと思っている人もいるかもしれない。『ドラゴンクエスト ダイの大冒険』の主人公で、熱くて元気な少年ダイこそが真骨頂だと感じている人もいるだろう。 つまるところは変幻自在、多種多様なキャラを演じて来た経歴が、そのまま『SPY×FAMILY』のアーニャであり、『葬送のフリーレン』のフリーレンであり、『薬屋のひとりごと』の玉葉姫といった三者三様のキャラとなって表れているのだと言える。どれもがしっかりと種﨑敦美だということだ。 10月10日に発売されたアニメ情報誌の『月刊ニュータイプ』(KADOKAWA)11月号と『アニメージュ』(徳間書店)11月号には、いずれも種﨑敦美のインタビューが掲載されていて、『月刊ニュータイプ』ではフリーレンとして、『アニメージュ』ではアーニャとして演じた役について話している。 『月刊ニュータイプ』では、1000年を生きてきたフリーレンがその時々に感じた気持ちを想像しながら演じようかと最初は考えて、すぐに改め真っ白で純粋なまま1000年を生きてきて、それが人と触れあう中で何を感じるかを考え演技していることを明かしている。 ヒンメルという存在と出会い、冒険を通じて様々なことを吸収したフリーレンが、いよいよ別離となった時に涙を流すシーンに、そこで大きな変化が訪れたと感じた人は少なくない。演じた種﨑敦美も同じだったようで、「そこからスタートしている切なさが、この作品に流れる哀愁なんだと思います」と話している。結果としてそこから始まり、フェルンやシュタルクと出会ってさらに変わっていくフリーレンを、本人の気持ちに添うように観ていける作品となった。 作品が持つ本質のようなものをしっかりと掴み、それに合わせて表現することに長けた演技者であることがうかがえる『月刊ニュータイプ』のインタビューだった。 一方、『アニメージュ』のインタビューでは、ボロボロになったぬいぐるみを買い換えようと言うロイド・フォージャーに抵抗するアーニャの気持ちに、子供の頃を思い出して共感を示している。偽装家族だったロイドやヨル・フォージャーとの関係が進展したことで、「子供らしいわがままが表に出てくるようになりました」とも。アーニャの心情をしっかりと捉え、表現していることをうかがわせるコメントだ。 こうまで演じる役の幅が広いと、ともすればそれぞれの役に見合った声音を作りだしているように思われそうだが、アーニャであってもフリーレンであってもダイであっても『アンダーニンジャ』の鈴木であっても、役に合わせに来ているような雰囲気はあまり感じられない。そのキャラなら出しそうな声や口調がナチュラルに発せられているように聞こえる。フリーレンやアーニャについて語ったインタビューにもあるように、キャラクターの心情に寄り添い、状況を理解して演じようとするアプローチを、決して崩していないからだろう。 加えて、それぞれの役において、唯一無二の声だと思わせてくれるところが、一連の作品でメインとなるキャラに起用され続けている理由かもしれない。鎧塚みぞれとフリーレンは、感情に乏しく抑揚の少ないトーンで喋る点が似通っているが、入れ替えても成立するわけではない。鎧塚みぞれなら傘木希美という親友のために、音楽を続けていこうとしている意識が基本にあって、それが頑なで揺らぎの少ない声音につながっている。 フリーレンは長く生きる中で培った知恵なのか、すべてを些事だと受け流すようなところから来る抑揚のなさが最初はあった。それが、ヒンメルやハイターとの離別を経て、フェルンやシュタルクといった他人を近くに置くようになり、相手の反応に自分も反応することが多くなって、声音に感情が滲むようになった。それぞれに最適な声音を表現して聞かせてくれているからこそ、他に替えがたいキャスティングとなるのだ。 そうした演技の確かさが、作品の認知度と重なって種﨑敦美という固有名詞を際立たせるようになったことで、メインキャラに起用したがる作品が、今後はさらに増えそうだ。ただ、アーニャを演じているからといって、女の子のキャラはすべて種﨑敦美が演じる必要はないし、ダイを演じたからといって、男の子キャラもぜんぶ種﨑敦美に任せればいいということもない。お嬢様の西之園萌絵を演じたから、『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』の龍賀沙代という深窓の令嬢を演じることになったわけでもないだろう。 そのキャラがいて、それに必要な声があって、そこにベストな声を出していけるからこそ、種﨑敦美は起用され続けているのだろうし、引き受けてもいるのだろう。固有名詞としての種﨑敦美に興味を持って作品を観てみた人も、キャラが実在しているかのように感じさせてくれる演技に感嘆し、そして確かな演技によって生み出されるキャラであり世界に浸らせてくれる作品になるからと、種﨑敦美の起用を願うようになるに違いない。 とはいえ、生来の器用さから次にどのような役柄に挑戦するかも気になるところだ。12月1日に公開となる映画『青春ブタ野郎はランドセルガールの夢を見ない』にも登場する双葉理央のような、マッドサイエンティスト気質の少女がさらにはっちゃけたような役柄か、それとも『映画 プリキュアオールスターズF』で演じたプーカのようなマスコット系か。いずれもしっかりとこなしそうだが、主役となるとまた違った演技を繰り出してきて、そして驚かせつつ納得させてくれるだろう。
タニグチリウイチ