桂宮治 31歳からの「落語家人生」師匠の決め手は一目ぼれ
黒木瞳がパーソナリティを務めるニッポン放送「黒木瞳のあさナビ」(1月1日放送)に落語家の桂宮治が出演。落語家になった経緯について語った。
黒木瞳が、さまざまなジャンルの“プロフェッショナル”に朝の活力になる話を訊く「黒木瞳のあさナビ」。1月1日(月)~1月5日(金)のゲストは落語家の桂宮治。1日目は、落語家を目指した理由について― 黒木)落語の長いお話はどのように覚えるのですか? 桂)ノートに書いて、カラオケボックスで耳栓をしながら何十回も必死に覚えます。 黒木)カラオケボックスに1日中いるときもあるのですか? 桂)そうですね。フリータイムで入り、テレビも音楽も消して、耳栓を付けてぶつくさ言っています。 黒木)覚えられるものですか? 桂)教わった話をノートに書くのですが、ノートに書き出した時点で意外と6~7割ぐらい入ってくるのですよ。あとはたくさん喋ります。でも我々の場合、高座で忘れたら、自分で話を少しつくってしまえばいいのです。正解がないので、少しラッキーなところもあります。 黒木)舞台の方も目指していたのですよね? 桂)小・中学生のときは、テレビに出たいというわけではなく、舞台に憧れていました。最初はザ・ドリフターズさんのように人を笑わせるコントがやりたいなと思ったところから始まり、演歌歌手の吉幾三先生の座長公演なども新宿コマ劇場へよく観に行きました。また、高校を卒業してから少しだけ舞台の養成所、加藤健一さんの周りにいました。すぐに辞めてしまいましたが。 黒木)そんなときにYouTubeで桂枝雀師匠の「上燗屋」という高座を観て、「落語なら好きになれるかも」と感じ、師匠探しが始まったのですね。 桂)30歳のときですかね。 黒木)一般的な落語家としては遅いのでしょうか? 桂)遅いですね。いま私は春風亭昇太師匠が会長を務める落語芸術協会にいるのですが、落語協会さんという団体もあるのです。いま、30歳だと落語協会さんには入門できません。私のときは、まだそういう決まりはありませんでしたが。 黒木)いまは。