がんから復活のワッキー(51)35年のつき合いになる相方ヒデへの思い「普段人前で泣いたりしないのに先に泣かれて」
2020年に初期の中咽頭がんと診断されたお笑いコンビ・ペナルティのワッキーさん。つらい闘病生活では、「舞台に立ちたい」という思いがモチベーションになったそう。高校の先輩でもある相方、ヒデさんへの思いも聞きました。 【画像】闘病後の復帰早々ふんどし一丁ですか!?久しぶりの舞台衣装が衝撃的すぎた相方とのツーショットほか(全15枚)
■「原点の舞台でネタをもう一度やる」それだけを考えていた ── 闘病中、仕事のことが気がかりだったと思います。復帰後について、どんなふうに考えていましたか? ワッキーさん:「復帰したら何をしたいだろう」と考えたときに、まず最初に浮かんだのが、「舞台でネタがやりたい」ということでした。劇場の舞台の上で、生のお客さんを前に、ヒデさんと一緒にコンビネタがやりたい。自分たちのホームであるルミネの劇場の舞台に立ちたいなと、ずっと思っていました。 ── お客さんを前にネタをする“舞台”には、やはり特別な思いがあるのでしょうか。 ワッキーさん:僕らはやっぱり舞台が“原点”なんです。かつて銀座にあった銀座7丁目劇場でデビューし、みんなで切磋琢磨してネタを考え、ゴングショー形式で上がったり下がったりしながら、お客さんにも育てていただいた。ベースにあるのは、劇場の舞台でネタをすること。その原点に戻ったのでしょうね。
■復帰後の再会でいつもはクールな相方の涙にもらい泣き ── 21年3月、公式YouTube「ペナルティちゃんねる」での復帰動画で、相方のヒデさんが再会に涙している姿に思わずグッときました。 ワッキーさん:相方はわりとクールなところがあって、人前で泣いたりするタイプではないんです。そんなヒデさんが、僕より先に泣くものだから、思わずつられちゃいました。 普段はたいして連絡なんかない…というか、むしろまったくないくらい(笑)。ただ、やっぱりヒデさんが、そこに居つづけてくれて、存在が感じられるだけでありがたかったし、自分のなかでデカかったんですよね。直接僕には言いませんが、“アイツがいない間は自分が頑張る”という思いでやってくれていたみたいです。つまり、それは僕の戻る場所があるということ。すごく助けられましたし、感謝しています。 ── いったん復帰されたものの、再び休養されました。 ワッキーさん:自分の思っていた感じには、体調が戻らなかったんです。唾液も出ないし、もうちょっと療養が必要だなと。 ── “ヒデさんを待たせている”というプレッシャーもあったりしたのでしょうか。 ワッキーさん:いや、それはなかったんです。ヒデさんはいつも、「待ってるから。大丈夫だから」と言い続けてくれたので、“待たせてしまって申し訳ない…”という後ろめたさを感じることなく、体を治すことに専念できました。 ただ、やっぱり僕らの原点である劇場をすごく大事に思っていることは伝わってきました。復帰してまだ劇場のことを考えていなかったときにも、「劇場、いつできそう…?」ということだけは、聞かれましたから。 ── 劇場に復帰したのは、23年6月。会場のお客さんも大盛り上がりだったそうですね。久しぶりに舞台に立ち、どんなことを思われましたか? ワッキーさん:「ようやくここに戻ってこられたな」と感慨深い思いがありました。お客さんが「おかえり!」と拍手で迎えてくれて、嬉しかったですね。 ただ、久しぶりの舞台だったので、さすがに緊張しました。ネタ合わせもまったくやらなかったので…。 ── そうなんですか?あれほど待ち焦がれた舞台なのに。 ワッキーさん:“いや、もうそこはさすがにできるだろう。長い間やってきたわけだし”みたいな感じでしたね。お互いに「ネタ合わせしておこうよ」とも言わなかったですし。
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