次第に気持ちが離れる、光源氏の夫婦関係の複雑 「源氏物語」を角田光代の現代訳で読む・若紫⑤
女君はすぐには寝室に入ってこない。光君は誘いあぐねて、ため息をつき横になった。なんともおもしろくない気持ちなのだろうか、眠そうなふりをして、男と女のことについてあれこれ思いをめぐらせている。 さて、山で見かけたあの少女の成長ぶりを、やはりこの目で見たいという思いを光君は捨てることができない。けれど不釣り合いな年齢だと尼君が言うのももっともであるし、なんとも交渉しづらい。なんとか手立てを打って、気軽にこちらに迎えて、朝も夕もいっしょに暮らしたいものだ……。父君の兵部卿宮(ひょうぶきょうのみや)はじつに優雅で上品なお方だが、はなやかなうつくしさがあるわけではない、なのになぜあの少女は、ご一族のあのお方にあんなに似ているのだろう、兵部卿宮とあのお方が、同じ母宮からお生まれになったからだろうか……。そんなことを考えていると、あのお方との姪(めい)という縁(ゆかり)がなんとも慕わしく、どうにかして是非にでも、と切実な気持ちになる。翌日、手紙を書いて北山に届けた。僧都にも思うところをそれとなく書いたようである。尼君には、
「まったく取り合ってくださらなかったご様子に気が引けて、心に思っておりますことを存分に言い切ることができなかったのを残念に思っております。こうしてお手紙でも申し上げることからしても、私がどれほど真剣かをおわかりいただけましたら、どんなにうれしいでしょう」 と書き、ちいさな結び文を同封した。そこには、 「おもかげは身をも離れず山桜心の限りとめて来(こ)しかど (山桜のうつくしい面影は体から離れることがありません。心のすべてはそちらに置いてきたのですが)
夜のあいだの風も、山桜を散らしてしまうのではないかと心配でなりません」 と書いた。 筆跡がみごとであるのはいうまでもなく、無造作に包んだ風情(ふぜい)も、年老いた尼君たちの目にはまぶしいばかりにすばらしく見える。ああ困った、なんとお返事差し上げようと尼君は悩む。 「先だってお通りすがりの折のお話は、ちょっとしたお思いつきのように存じましたが、わざわざお手紙をいただきましては、お返事の申し上げようもございません。まだお習字の『難波津(なにわづ)』の歌すら、ちゃんと続けては書けないのですから、お話になりません。それにしても