電動ルーフ「ロードスターRF」をめぐる息子と父の話
「ニューヨークショーでマツダ・ロードスターRFが出たじゃないですか? Retractable Fastbackの略でしたっけ? あの屋根が電動で開くヤツ。あれを見て息子が欲しがっているんですよねぇ」 【画像】絶好調のマツダ・ロードスターに弱点はないのか? そう言ってちょっと憂鬱な顔をするのは少しだけ年上の知人。仮にAさんとしておこう。Aさんは本物のエンスージアスト。経済的に恵まれた家庭に育ち、若い頃から内外の様々な一流スポーツカーに触れてきた。プロのレーシングドライバーに教えを受けてサーキットでも腕を磨いた手練れの趣味人だ。
名車・初代ロードスターがあるのに
そんなAさんは歴代ロードスターを日本の宝だと言って憚(はばか)らない。日本のクルマが世界の自動車文化に影響を与えた希有な例として敬意を持って見ている。口だけじゃないのがAさんのスゴイところで、自分でも一台持ちたいと、初代NA型後期1.8リッターのメガネにかなうものを探し回り、素性の良い物件を探し出してガレージに飼っている。それも納車前にしかるべきショップでしっかりと手を入れ直して。 自分の長年の経験に基づいた歴代ベスト・ロードスターがあるのだから…… とAさんは言いたくなる。本場のライトウェイトであるMGもロータスも一通り以上に経験してきたAさんにしてみれば、ああいうものはやはり軽くてナンボ。だからこそ「何で電動ルーフを選ぶんだ」と微妙にいらだちを感じるのだ。
「電動ルーフ」のトレードオフ
Aさんの言いたいことはわかる。重さだけでなく、RFにはいくつかの問題が予見されるのだ。金属ルーフを閉めれば、車両の前後剛性バランスが変わる。それによってフロントに対する相対的なリヤの剛性が上がれば、低負荷域ではリヤタイヤの支配力が増してアンダーステアが強くなるだろうし、負荷が上がるに連れてボディのよじれで保たせていたグリップが落ち、オーバーステアに変化していく。 しかも電動ルーフ用のモーターや折りたたみ機構、金属製のルーフはボディの高い位置に組み込まざるを得ないから、ただ重くなるだけで済まずに、重心高も上がる。重心位置が上がればテコの長さが伸びて、イン側の後輪を持ち上げるモーメントはより強くなるので、挙動変化の不連続な傾向は更に強まるだろう。まだ誰も乗ったことがないので断言はできないが、理屈ではそうなる。 ドリフトするような領域ではもちろんだが、もっとはるかに手前から兆しは必ずある。クルマの基礎的な動きは速度によって拡大強調されるが、低速でも起きてないわけではないのだ。マツダのことだからスポーツカー失格というレベルにはならないだろうが、それでもわかる人にとっては雑味になる。素のロードスターと乗り比べれば歴然とした差になるはずだ。 クルマにとって剛性の高さは大事だが、前後のバランスはもっと大事だ。ましてやロードスターはメーカー自身がそこを深く理解してオープンの状態できちんとセッティングを出してある。屋根によってその塩梅はどうしたって阻害されるだろうし、台数的に考えて、シャシー剛性を調整してまでバランスを取るなんて作業が採算が合うはずもない。とすればロードスターの最大の美点である高バランスが多少なりとも損なわれる。Aさんはそう予想して浮かない顔をしているわけだ。