〈静けく豊かに 建築家・谷口吉生をしのぶ(上)〉「建築そのもの」で勝負 優しさと、矜持と
金沢ゆかりの世界的建築家、谷口吉生さんの死去が発表されてから一夜明けた21日、谷口さん自身が設計した「谷口吉郎・吉生記念金沢建築館」(金沢市寺町5丁目)で、建築家たちが黙とうをささげた。翌日から始まる展覧会の内覧会で集まり、巨匠をしのんだのである。この企画展は、谷口さんの提案によるものだ。父・吉郎氏のふるさとである金沢や北陸に、巨匠は晩年まで心を寄せ、建築作品を創造し続けた。その思いと遺産をどう受け止めるか。2回に分けて考える。(編集委員・坂内良明) 【写真】谷口さんをしのんで黙とうする関係者 昨年夏、金沢建築館の水野一郎館長は、名誉館長を務める谷口さんから、こんな提案を受けた。 「今度の展覧会では、金沢の小立野に新しくできた二つの建築を紹介したらどうか」 「二つ」とは、相次いで移転・新築された石川県立図書館と金沢美大を指す。22日に始まる企画展「知と美の新拠点・小立野」は、そうして準備が始まった。 ●「予算付けてあげて」 21日の内覧会であいさつした建築関係者は、それぞれに谷口さんへの思いを語った。その一人、金沢美大の設計者代表である日野雅司さんが、人柄を伝えるエピソードを紹介した。 金沢市役所で設計の打ち合わせをしていた時、たまたま谷口さんが通りがかった。ちらりと様子をのぞいた谷口さんが職員に一言、言葉をかけた。 「とにかく、ちゃんと予算を付けてあげなさい」 ああ、こういう人が金沢の文化・芸術を支えているのだ。後進を気遣う谷口さんの優しさをありがたく思うとともに、日野さんはそう実感したという。 石川県立図書館を設計した建築家の仙田満さんは、東京工大の吉郎氏の研究室で学んだ。4歳年上の谷口さんとも長く親交があり、感慨深げに述べた。 「吉生さんみたいな建築家は、今はなかなかいない。芸術家としての矜持(きょうじ)を持っている人だった」 尊敬する親子二人の「ふるさと」金沢で図書館設計に当たったことを仙田さんは「機会に恵まれた。大変うれしく取り組んだ」と振り返る。 内覧会に参加していた金沢出身の建築評論家、五十嵐太郎さん(東北大大学院教授)は「しゃべるのが好きだったり、本をたくさん出したりする建築家もいる中で、谷口さんは『建築そのもの』で勝負する人だった」と評価する。 特に、ディテール(細部)へのこだわりは折り紙付きだった。五十嵐さんによると、建築業界内でも「ここまで徹底的にやるんだ」と畏敬の念で見られていた。 そうしたこだわりで設計された建物の中でも、今や金沢を代表する現代建築となったのが鈴木大拙館だ。21日も、多くの来館者が水庭をめぐる回廊を歩いた。新聞で死去を知り、谷口さんに思いをはせる人の姿もあった。 ●来夏に谷口建築展 金沢建築館はもともと、来夏の次回企画展で谷口さんの作品を題材にすると決めていた。谷口建築を取り上げるのは「静けさの創造」と銘打って開かれた2021年の展示に続き、2度目となる。 今年の夏、東京を訪れて打ち合わせをした水野館長は、谷口さんからこう言われたという。 「今度の展覧会には『豊かさ』を加えたいね」 「心静か」に美術品を鑑賞したり、思想を体感したりする。それだけでなく、訪れた人が「心豊か」な時間を送る。谷口さんがめざしたのは、そんな建築だった。建築館や大拙館を訪れると、そのことがよく分かる。