親から子への声掛けが「逆境に強い脳」を育てる
幼いころから、前頭葉を鍛える働きかけを
10歳以降の前頭葉の成長を最大限に促すには、事前の「仕込み」が必要です。 からだの脳・おりこうさんの脳を育てる期間は、その準備のときです。 その期間中に親ができる働きかけは、大きく分けて3つあります。 ①「安心」をインプットする こころの脳の機能を簡単に言うと、前頭葉の中で「大丈夫」という結論を導き出すことです。不安をコントロールしたり、論理を組み立てて問題解決したり、人を困難な状況から助けたり。その下地をつくるには、小さいころから親がこまめに「大丈夫」をインプットすることが大事です。子供が「不安」「痛い」「がっかり」などの感情に駆られているときに安心を与えてあげましょう。 ②言葉を引き出す 前頭葉は、内面の思いを言語化しようとするときに活性化します。そこで有効なのが、前章でも触れた「子供の言葉を引き出す」コミュニケーションです。日々の会話のなかで、子供が自由に語れるような働きかけをしましょう。 ③ルールを設定する 前頭葉が究極的に発達した先では、善悪の判断や、倫理観の形成がなされます。家庭生活のなかで「うちのルール」を設定することで、その原型をつくれます。ただし、煩雑で多すぎる決まりごとには意味がありません。本人が「生物として」「社会の一員として」生きるために不可欠なことを中心におき、シンプルに構成するのがコツです。 この3点を踏まえていただいた上で、以下、それぞれの働きかけの方法を、具体的に説明していきましょう。
「大丈夫」のベースをつくる声掛けを
人は生きていれば必ず、困難な状況に何度となく遭遇します。 そのときに「もうだめだ!」となるか、「いや大丈夫、なぜなら……」と思えるかで、人生は大きく変わります。 さてこの「大丈夫」は、目に見えるものではありませんね。実体のない概念、いわゆる「抽象語」です。 子供の脳は、10歳ごろになるまで抽象概念を理解できないと言われています。しかし、理解はできなくとも、乳幼児期から親が「大丈夫」という声かけを始終行うことで、子供は不安や落胆が、安心や希望へと変わる経験ができます。 たとえば駅のホームで電車に乗り遅れたとき、「ああ、電車行っちゃったね。でもすぐ次の電車が来るから大丈夫!」と言えば、ガッカリがニッコリに変わりますね。親が、「大丈夫」をつくるお手本を、自ら見せているわけです。 もっと素朴なレベルでは、子供が転んだ時に言う「痛いの痛いの、飛んでけ~」も「大丈夫づくり」の一例です。 「ほら、お山の向こうに飛んでったよ。だから大丈夫!」という結論は理屈として成り立っていませんが、乳幼児期ならそれで充分。親の笑顔と「大丈夫」という声で、安心して泣き止みます。 しかし5歳ごろを過ぎると、「そんなこと言われても、痛いものは痛い」ことがわかるようになってくるので、そこからは徐々に「理屈つき」の安心を与えていくのがコツです。 ちなみに我が家では、娘が転んだときの定番フレーズがありました。 「お母さんはお医者さんだから、骨折してるかどうか見分けられるよ!」 「足関節は? 動く、よーし」 「股関節は? 動く、よーし」 「膝関節は? 動く、よーし」 「骨折してないね。だから大丈夫!」 すると娘は10歳ごろから、自分で足首や膝や股関節を動かして、「よーし、骨折してない、大丈夫!」と言うようになりました。こころの脳が発達を始めた時期に、安心を自分でつくりだせるようになったのです。 安心は、最終的には自力でつくるものです。辛いときに人からアドバイスをもらうことも、慰めてもらうこともできますが、最後は自分が「大丈夫」と思わなくてはなりません。 小さいころから親によって安心を与えられていると、それがスムーズにできます。 幼いころの「理屈抜きの大丈夫」も、5歳以降の「~だから大丈夫」も子供のこころを強め、成長後の前向きさや、対応力の源となるでしょう。
成田奈緒子 小児科医・医学博士・公認心理師。子育て支援事業「子育て科学アクシス」代表。文教大学教育学部教授。1987年に神戸大学医学部を卒業後、米国ワシントン大学医学部や筑波大学基礎医学系で分子生物学・発生学・解剖学・脳科学の研究を行う。臨床医、研究者としての活動も続けながら、医療、心理、教育、福祉を融合した新しい子育て理論を展開している。著書に『「発達障害」と間違われる子どもたち』(青春新書インテリジェンス)、『高学歴親という病』(講談社+α新書)などがある。
成田奈緒子 (小児科医・医学博士・公認心理師)