平安時代に血肉を与えた『光る君へ』の凄さ “煌びやかな地獄”から目が離せない
大石静が脚本を手掛けるNHK大河ドラマ『光る君へ』が毎週、面白すぎて目が離せない。本作は『源氏物語』の作者・紫式部として知られるまひろ(吉高由里子)と平安時代中期に最高権力者となった藤原道長(柄本佑)の物語だ。 【写真】第1回の衝撃 ちやは(国仲涼子)を刺した道兼(玉置玲央)のワンシーン 始まる前は、平安時代の貴族社会が舞台だったため『源氏物語』のような美しい衣装を纏った平安貴族の煌びやかな恋愛模様を描いた、あまり大河ドラマらしくない作品になるのではないかと予想していたが、その予想は半分は当たり、半分は良い意味で裏切られた。 何より衝撃だったのがまひろの幼少期を描いた第1回の終盤で、まひろの母・ちやは(国仲涼子)が、藤原道兼(玉置玲央)に惨殺されてしまう場面だろう。 道兼はまひろの父・藤原為時(岸谷五郎)の上官にあたる藤原兼家(段田安則)の次男であったため、事件は隠蔽されてしまう。 この第1回では、まひろの生涯のソウルメイトとなる藤原道長こと三郎との出会いが描かれており、お互いの素性を知らない二人が仲良くなっていく場面がロマンチックに描かれた。しかし、三郎は道兼の弟であるため、道兼を間に挟んだまひろと道長の関係が、より複雑なものへと変わっていくことを予感させた。 『光る君へ』の制作発表で、大石静は、平安王朝には映画『ゴッドファーザー』や山崎豊子の小説『華麗なる一族』を3倍にしたような権力闘争と面白い話がいっぱいあると言い、平安王朝の権力闘争といった“セックス&バイオレンス”を描きたいと語っていたが、バイオレンスに関しては、想像を超える不意打ちを食らったという気持ちだ。 しかも本作のバイオレンスは、権力を笠に弱者を強者が蹂躙する行為で、行われた惨殺の背後にある、逆らうことができない権力構造が下級貴族の娘であるまひろを苦しめられる呪縛としても描かれていた。 それは加害者の道兼も同様で、彼は殺人を隠蔽した父親から、汚れ仕事を裏で行うことを強要される。 また、本作には陰陽師の安倍晴明(ユースケ・サンタマリア)も登場するのだが、本作の安倍晴明は、オカルト作品のヒーローではなく、貴族社会の一角を成す陰陽師として描かれている。 呪い、穢れ、陰陽師といった現代人から見ると理解し難いものに説得力があるのは、貴族社会の根底にある理不尽な権力構造が描かれているからだろう。その結果、平安時代の輪郭がはっきりと浮かび上がる。 キャラクターや物語など様々な魅力に溢れた本作だが、一番の魅力は視聴者にとってぼんやりとしていた平安時代に血肉を与えたことだ。 貴族たちの権力闘争を通して具現化された現代とは異なる理によって成り立つ本作の平安時代は、煌びやかな地獄とでも言うような禍々しい魅力に満ちている。 本作で描かれる理不尽な権力によって弱者が容赦なく蹂躙される、性と暴力が剥き出しになった世界を観ていると、2010年代に人気を博したダークファンタジードラマ『ゲーム・オブ・スローンズ』(以下、『GOT』)を思い出す。 本作は世界中のフィクションに影響を与えており、日本では2022年のNHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』に、その影響がうかがえる。 『光る君へ』も『GOT』以降のダークな歴史ドラマと言えるが、一方で、お互いの素性を知らないまま惹かれ合っていくまひろと道長のすれ違いのメロドラマを真正面から堂々と描いていることが、本作独自の魅力となっている。 第4回の終盤。宮仕えするまひろは源倫子(黒木華)に頼まれ、五節舞を披露することになる。そこで道兼の隣に三郎がいる姿を目撃し、三郎が藤原道長だと気付きショックを受ける。親の仇と最愛の人が兄弟だったことを知って苦悩するまひろの状況は、現代が舞台のドラマだったら過剰すぎると感じたかもしれないが、平安時代を舞台にした時代劇なら違和感なく受け入れられる。 脚本の大石静は『セカンドバージン』(NHK総合)や『星降る夜に』(テレビ朝日系)などのラブストーリーを得意とする作家として知られている。あの手この手でメロドラマを紡ぐ彼女の手腕には毎回感心するが、一方で現代でやるには無理があるのではないか? と感じる瞬間も少なくない。 もちろん、そんな無理のある展開を笑いながら楽しむという昼ドラ的消費も可能で、大石自身が、そういった視聴を許容しているように感じることも多い。 昨年配信された宮藤官九郎と共同脚本のドラマ『離婚しようよ』(Netflix)はコメディに寄せることで大石のメロドラマが活きるという絶妙なバランスによって成立していた。ただ、この観せ方は、宮藤というコメディの達人がいたからこそ成立した一手であり、豪速球のメロドラマこそが彼女の本領ではないかと思っていた。『光る君へ』は平安時代を舞台にしたことで、メロドラマが違和感なく活き活きと描かれている。 平安時代という煌びやかな地獄で描かれるド直球のメロドラマはどこに着地するのか? 源氏物語を参考書にしながら、1年間じっくり見守りたい。
成馬零一