シャンタル・アケルマンの再来!? 『ゴースト・トロピック』が描く見えない“母”の日常
リアルサウンド映画部の編集スタッフが週替りでお届けする「週末映画館でこれ観よう!」。毎週末にオススメ映画・特集上映をご紹介。今週は、アメリカンワッフルよりもベルギーワッフルが好きな花沢が『ゴースト・トロピック』をプッシュします。 【写真】『ゴースト・トロピック』場面写真(複数あり) 本作は、第72回カンヌ国際映画祭に正式出品されたベルギー発のヒューマンドラマです。そのストーリーはシンプルで、「終電で寝過ごしたおばちゃんが、歩いて帰る」。ただそれだけの映画です。一方で、上映時間にしてみれば、80分ちょっとの彼女の“帰路”に、ベルギー社会の今が詰まっているとも言えます。 仕事帰りに電車で寝過ごし、終点から歩いて帰らなければいけなくなった中年の女性。カメラは、夜道を黙々と歩く彼女を映すだけで、モノローグもありません。それでも、断片的な情報からわかるのは、彼女がムスリムで、おそらく移民1世であること。ビルの夜間清掃で収入を得て、夫との死別後も、子ども2人を一人で育ててきたという背景です。 何気ない日常にフォーカスした作風は、初めジム・ジャームッシュを彷彿させました。けれど、本作にはもっと直接的なリファレンスがあります。それが、ベルギー出身の名匠シャンタル・アケルマンです。 主人公が、帰り道にふと立ち止まって見つめる旅行会社の看板。「Get lost(見知らぬどこかへ)」と書かれた南国の写真に引き寄せられるように立ち尽くす後ろ姿に、アケルマンとも通底する本作のテーマが隠れています。
本作がスポットライトを当てるのは、無視されがちな“母”の日常です。誰もいない夜のオフィスで清掃する主人公は、世間からは“見えない”存在と言えるでしょう。 一方、主人公の娘はベルギーで生まれ育ち、夜に家を抜け出しては同年代の仲間と酒を飲んだり、恋愛を楽しんだりしている様子。親子といえど、生まれた国も母語も違う移民1世と2世のわかりあえなさを描いた作品には、『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』『マイエレメント』など傑作が多いですが、本作もその一つと言えます。「見知らぬどこか」からやってきて、必死に「家」を作り上げてきた彼女の苦労は、誰からも注目されることがありません。 「シャンタル・アケルマンの再来」とも謳われるバス・ドゥヴォス監督は、社会の構造上、最も影が薄くなりがちな“母”の日常に徹底的に寄り添います。都心の夜を生きるブルーワーカーたちのさりげない優しさを受け取りながら、家を目指す主人公の淡々とした足取りに、自分の母や祖母を重ねたくなる映画でもありました。
花沢香里奈