冨樫義博、佐藤健もハマる「オーイ!とんぼ」の魅力…モデルゴルファー、キャラクターへのこだわりを原作の編集者が明かす
「鬼滅の刃 柱稽古編」で盛り上がった2024年春アニメだが、ネット上では「隠れた名作」「今期のダークホース」と評判だったのが、「オーイ!とんぼ」(毎週朝7:00-7:30、BS松竹東急ほか)だ。決して今風アニメではないが、ハートフルなヒューマンドラマが評価され、観ているとゴルフに興味が湧いてくる。原作は「週刊ゴルフダイジェスト」(ゴルフダイジェスト社)で約10年も連載が続く看板作品。一見地味なゴルフのアニメが人気を集める理由はどこにあるのか。原作の担当編集者・笠原誠氏に作品作りのポイントを聞いた。 【写真】「オーイ!とんぼ」第50巻オビに引用された「HUNTER×HUNTER」作者・冨樫義博氏の書評(「イワクラと吉住の番組」に寄せられた手紙より) ■離島で育った天才ゴルフ少女の物語 「オーイ!とんぼ」は原作・原案をかわさき健、作画を古沢優が手がけるゴルフ漫画のアニメ化作品。舞台はトカラ列島の離島。事故で両親を亡くし、形見の3番アイアンを手に育った天才ゴルフ少女・大井とんぼ(CV.はやしりか)は、島にやってきた元プロゴルファー・五十嵐一賀(CV.東地宏樹)との出会いで競技ゴルフの楽しさに目覚めていく。 ■冨樫義博、佐藤健の推し漫画 “魅力はヒューマンドラマ”にあり ――ネット上では非常に良質なアニメで面白いと評判です。この反響をどう分析していますか? ゴルフ愛好者からは長年人気を得ている作品ですが、視聴者層のデータを見ると、おそらくゴルフ未経験だと思われる20代、30代からも多く支持を得ています。そう考えると、ゴルフ誌での連載なので本格的なゴルフ描写が土台にありつつも、やはり刺さったのはヒューマンドラマの良さだと思います。 とんぼと五十嵐の親子のような交流、島の人たちの優しさと温かさ。同年代のライバルの出現…。王道ですが、異世界ものや「鬼滅の刃」のような最近のヒット作とは全然違っていて、でもそれで良かったんだな、という気持ちは強いですね。連載が始まったのは2014年。その頃はとんぼのような歳の女の子を主人公にしたゴルフ漫画は珍しかったのですが、今は女子ゴルファーが人気を得ている時代。結果論ですが、その時流に乗れたのも良かったと思います。 ――50巻の帯には「HUNTER×HUNTER」の冨樫義博さんが推薦コメントを寄せられていました。「とんぼは思い描いた理想像そのもの」と絶賛の書評です。 これは非常にうれしかったですね。昨年11月に放送された「イワクラと吉住の番組」の中でのことです。「HUNTER×HUNTER」の大ファンである元櫻坂46の関有美子さんが、冨樫先生に「最近面白いと思った漫画は?」という質問を送り、その回答に「自身が面白く読み続けている漫画」として、「オーイ!とんぼ」を挙げてくださったんです。それを知り、番組で公開された手紙の一文を帯コメントに引用させていただくご了解を取りました。 特にキャラクターについて述べられていたのですが、かわさき先生、古沢先生も「漫画はキャラクター作りが全て」とおっしゃり苦心されています。それを冨樫先生のようなすごい作家に評価していただけたのは感慨深かったです。 ――俳優の佐藤健さんも自身のYouTubeチャンネルで、先日には伊集院光さんもラジオで「オーイ!とんぼ」に激ハマりしていることを明かして、意外なところから声が上がっている印象です。 佐藤さんは自分的なマンガ大賞を3作品挙げられて、その中に「オーイ!とんぼ」があった形ですね。そもそも佐藤さんも冨樫先生にお勧めされて読み始めたようですね。伊集院さんはリスナーからの投稿きっかけで気になり、試しに読んでみたら全巻読破までハマり、アニメも楽しんでくれていると。それぞれ共通しているのはドラマ、キャラクターの良さに惹かれたということと、ゴルフを知らなくても面白いゴルフ漫画という部分でした。 ――冨樫さんたちもそうですし、視聴者もハマったヒューマンドラマの魅力。かわさきさん、古沢さんとはどのような考えでキャラクター、物語を構築されたのでしょうか? ポイントはやはりとんぼと五十嵐が織り成すドラマなわけですが、人間誰しもが持っている弱さ、挫折、後悔、それらを乗り越えようとチャレンジする姿勢…そういった人間臭さをありのままに表現しています。ストーリー自体は王道ですが、とんぼという自由奔放な天才児との出会いや、トカラという離島での生活、価値観を、五十嵐目線で追っていくことで、その驚きを追体験できる。とんぼや五十嵐だけでなく、島の人たちや、登場するライバルたち1人1人のバックボーンをしっかり描いていることで、共感してもらいやすいんだと思います。 ■実在した、とんぼのモデルになった選手とは? ――「ゴルフを知らなくても面白い」という部分では、どう未経験者向けに考えましたか? 実は、立ち上げの時点から未経験者向けというのはほとんど意識していないんですよ。ゴルフ誌での連載となると、そこに未経験者はほぼいないですから。ただ、クラブ特性やショット、コースのことを丁寧な図解で本格的に解説しているので、それが分かりやすさにつながっているのだと思います。 ――そうなんですね。クラブが1本ずつ増えていくことで、クラブごとの役割がよく分かり、他にも「こういうことを考えながらする競技なんだ」というのが分かるとゴルフに興味が湧いてきます。作中、「知らない世界を知る、それって面白いんだよ」という台詞がありますが、番組を観ているとまさにその気分になります。 かわさき先生のアイデアですが、武器が1つ1つ増えていく面白さって、何事にもありますよね。ライバルにも出会い、とんぼは新しいゴルフの楽しさを知って島から旅立ちます。とんぼに世界を知る楽しさ、ゴルフの楽しさを教える流れが、そのまま読者、視聴者にゴルフの楽しさを伝える形になっていますね。 ――とんぼにモデルはいるのでしょうか? 故人になりますが、スペインのゴルファー、セベ・バレステロスです。かわさき先生の憧れのゴルファー。小さい頃に古びた3番アイアンを手に入れて、牧場みたいなところで遊びながらゴルフを覚えたという人です。3番アイアンって今ではプロでもほとんど使う人がいないくらい難しいクラブなんですが、セベはそれ1本で覚えたからこそ色々な技を身に付けて、自由な発想でゴルフを楽しんだんですよね。ゴルフはいかに真っすぐ、正確に飛ばすかなのに、セベは曲げてコースを攻略するみたいな選手でした。楽しみながらプレイして、見る人を魅了するという、とんぼそのものです。 ――とんぼが球をものすごく曲げているのは漫画的な秘技ではなくて、実際にできること。実際にやっていた人がいるということですか? 漫画的な脚色は入っていますが、基本的にはかわさき先生が自分で試して、理論的に可能だということしか描かれていないです。だから「プロゴルファー猿」のように奇想天外かというと、そうではない。ちゃんとリアリティーがあって、そこはかわさき先生がこだわっているポイントです。アニメ第10話で水切りショットが出ましたが、あれも実際にできることです。マスターズで有名なのがあって、練習日に池越えの16番ホールで選手たちが水切りショットを披露するのが慣習になっているんです。 ――そういうリアリティーがあるからこそ、ゴルフの表現がより面白く伝わるんですね。 「それはあり得ないだろう」ということはしない。だから、原作でも50巻やってもいまだにホールインワンは出ていないんですよ。ゴルフ漫画の中で、これは本当に他にないかもしれません。ホールインワンが出るのって、ショットの3000分の1ぐらいの確率と言われているので、いくらドラマティックだからといって気軽に使うと現実味が薄れてしまいますね。一方で、今は現実が漫画を超え出していて、野球で言えば大谷翔平選手、ゴルフでは渋野日向子選手が海外メジャー初出場で初優勝を達成して、昔ではあり得なかったことが起こっています。そういう現実があるから、かわさき先生も頭を悩ましています。 ■漫画最新刊では五十嵐がタイでプロに再挑戦!? ――アニメは第2期が発表されています。どんな展開になるのか、少しだけ教えてください。 島を出たとんぼはいよいよ競技ゴルフに飛び込みます。遊んでいただけのゴルフとは違って、勝負の世界です。新しいライバルも登場して、同世代の色々な価値観を持った選手が現れて、とんぼは刺激を受けながら、周りにも刺激を与えていきます。ライバルたちはそれぞれ真剣にゴルフに向き合っているのですが、モチベーションやゴルフに向き合う姿勢も様々。試合展開だけでなく、個性的な登場人物たちの心の動き、人間ドラマにも注目してください。 ――漫画の50巻では五十嵐がタイに渡ってプロテストに再挑戦しているという、驚きの展開になっています。彼に何が起きたのでしょうか? とんぼが島を出て、2年が経った頃ですね。五十嵐もとんぼの活躍に刺激を受けて、プロとしてやり直すことを決めたんです。とは言え日本ではプロ資格をはく奪されているので、タイでプロ資格を取って、リスタートを目指しています。「オーイ!とんぼ」のテーマの1つですが、人生のチャレンジというべき姿を五十嵐が見せてくれています。ちょうど7月1日に51巻が発売されたのですが、ここからとんぼ、そしてライバルたちの新しい挑戦も始まります。アニメ共々、ぜひとんぼのことを追いかけてみてください。 取材・文:鈴木康道