企業がアピールする「環境にやさしい」を安易に信じてはいけないワケ
気候変動が加速して平均気温が上昇し、自然災害も増加している。森林の大規模伐採が、そのひとつの原因であることを科学的に実証した森林生態学者・スザンヌ・シマードは、アメリカの『TIME』誌で今年「世界で最も影響力のある100人」に選ばれた。彼女の初著書『マザーツリー 森に隠された「知性」をめぐる冒険』が世界でベストセラーになったのも、人々の環境問題に対する危機感の現れだろう。 国連サミットで採択された「2030年までに達成すべき持続可能な開発目標」として企業がSDGsに取り組むことも、社会的責務となっている。しかし実態は、企業のブランディングや資金集めのために「見せかけだけのSDGs」が蔓延し、「SDGsウォッシュ」と批判されている企業も出てきているのが現状だ。そこで、シマードの本をヒントに、企業が信用を失わないためにできることは何か考えてみたい。(文/樺山美夏、ダイヤモンド社書籍オンライン編集部) ● 規制強化が加速している「形骸化したSDGs」 気候変動をはじめとした環境問題が深刻化するなか、企業の社会的責務としてSDGs(持続可能な開発目標)への取り組みが重視されている。帝国データバンクの『SDGsに関する企業の意識調査』(2023年)によると、SDGsに積極的な企業は53.6%と過半数を超え、前年より拡大している。 しかし、内実はSDGsへの取り組みを積極的に行っていない、あるいはSDGsに反するビジネスで収益を上げているなど、実態が伴わない企業もある。 見せかけのSDGsでイメージアップを図っている企業は「SDGsウォッシュ」と批判され、クライアントや投資家の信頼を失い、従業員にも悪影響を与える。海外ではSDGsウォッシュに対する規制強化が急速に進んでおり、各国政府が罰則を課すケースも増えている。 日本でも消費者庁が、広告やパッケージに「環境に配慮」といった漠然としたSDGs関連の表示をしている企業の規制を強化し、その裏付けとなるエビデンスがなければ違法行為の措置命令を実施している。 そうした事態を回避するためには、組織のリーダーはもちろんメンバーも、SDGsの最低限の知識を身につけ、自社の企業活動を持続可能な視点から見つめ直す必要がある。その際に役に立つのが本書の著者・シマードの森林生態学の知見だ。 自然を愛するシマードは、森林を守る仕事をするため森林管理局に勤めた。しかし、そこで目にしたのは、森林を守るどころか、企業の利益目的のための大規模伐採により森林の生態系が破壊されている現実だった。 森を再生するためには何が必要なのか? その疑問からシマードのチャレンジがはじまり、森林管理局との冷戦が繰り広げられる。当時の彼女は次のような葛藤を抱えていた。 答えを見つけなければ、私はこの皆伐地を戦場に、木の骨だらけの墓場にしてしまったことにずっと苦しむだろう。(P.34) ビジネスの世界でも、企業が表向きに発信しているSDGsに反する事業で利益を上げている場合、葛藤を抱えるのは現場で働く人たちだろう。 ● SDGsへの取り組みで信用を得るために必要なこと そのとき本書を読むと参考になるのが、実態を明らかにするためのエビデンスに対するシマードの執念だ。彼女は森林生態学の研究者なので、除草剤が森林に与えている影響を実証するため地道な実験を続けた。 そのデータによって、大規模伐採が森林の生態系を破壊していることを世界中に知らしめたのだ。そこに至るまでの過程で、シマードはパートナーのドーンとこんな会話をしている。 「もしも科学が金儲けの邪魔をしたら、企業はどうすると思う?」 ドーンは肩をすくめた。「奴らは利益を譲ってくれる政策を欲しがるだろう。君の話は説得力がなきゃいけないな」(P.213) 続けてドーンはシマードに、「しっかりとした理論を構築し、データを使って闘え」とアドバイスするのだ。 それから彼女は一年がかりでデータを積み上げ、森林は菌類のネットワークがつくる巨大な脳のような生態系であることを発見。何百万ドルもかけて邪魔な木を除草剤で排除しても儲かる木の生産性は上がらない、という研究結果を発表する。 そのエビデンスによって、利益のために大規模伐採を続けてきた森林管理局の“間違った常識”を見事に覆したのだ。 この場面のシマードのプレゼンの臨場感と、森林局幹部や農薬メーカーの関係者がいる会場がざわつく様子は、本書でもっともハラハラする場面だ。 この直後、彼女は森林局サイドから言いがかりをつけられ、敗北感に打ちのめされる。ところが後日、この論文が科学雑誌『ネイチャー』に掲載されて状況は一変。 シマードは世界で一躍有名になり、論文は出版され、研究費も与えられてそれまでの苦労が報われていく。2015年には、森の母なる木のマザーツリーを保全し、森の再生力を護るための大規模なプロジェクトもスタートした。 今も実験を続ける彼女が変革を起こした武器はエビデンスだ。数値化された証拠ほど信頼を獲得できる説得材料はない。 それはビジネスの世界でも同じだろう。 しかしSDGsへの取り組みをオフィシャルに発信している企業で、その実効性を数字で実証しているケースは少ない。 ● 「省エネ」「環境にやさしい」のキャッチコピーにエビデンスはあるか? 「脱炭素」「エコ」「省エネ」「環境にやさしい」「クリーン」といったモヤッとした言葉を多用する企業は多い。しかし、根拠となるエビデンスがない企業はSDGsウォッシュとみなされ、場合によっては国から罰則を課される可能性もある。 実際、日本の3メガバンクは、表向きはSDGsへの取り組みを発信しているにもかかわらず、石炭火力発電所への融資を積極的に行っているため批判を集めた。 環境問題に厳しくなっている世界の潮流から、日本企業もこれからはエビデンスを伴ったSDGsへの取り組みが社会的責務になっていく可能性が高い。 営利目的で環境を犠牲にしてきた権力と戦った過程を描いた本書が注目を集め、シマードの論文が数千回引用されているのも、その流れの一環だろう。 最後に、持続可能な社会に向けたビジネスを考えるうえで心に刺さるシマードの言葉を紹介しよう。 私たちには進む道を変える力がある。私たちの絶望感の大きな原因は、私たちが互いのつながりを――そして自然が持つ驚異的な力についての理解を失ってしまったことにあり、私たちはとりわけ植物をないがしろにしている。(中略) 重要なのは、自然そのものが持つ知性に耳を傾けることである。(P.532)
書籍オンライン編集部