対抗兵器を見つけた人類の攻撃に対し、“イール”が示した怒り チャーリーが手繰り寄せた物語の結末<ザ・スウォーム>
木村拓哉ら世界各国の豪華出演者が集結したHuluオリジナル「THE SWARM/ザ・スウォーム」。“宇宙よりも謎が深い”と言われる深海を舞台に、世界の海で起きている不 可解な現象を追うSFサスペンスだ。最終話では恐怖心から“対抗”を試みた結果と、1人の大きな決断が招いた結末が描かれた。本記事では、考察を踏まえながら同話を振り返る。(以下、ネタバレを含みます) 【写真】人類の傲慢が呼ぶ“海の怒り” ■“イール”の浸食は対話の意思なのか トロンヘイム大学教授のシグル・ヨハンソン(アレクサンダー・カリム)率いるチームが乗船する船に、ミフネ財団の会長・アイト・ミフネ(木村拓哉)がやって来る。シグルは彼に“イール”のわかっている情報を共有。1つの単細胞生物として単独で行動できる一方、ときには巨大な多細胞生物のように集合体となるなど、自由に密度や形を変えられる前代未聞の生物であることを説明する。 「この地球上で見たことがありません」と興奮したようすのシグル。しかしミフネは真剣な表情を浮かべたまま、「これがアリシアの体を蝕んでいると?」と問う。すると医師のセシル・ローシュ(セシル・ドゥ・フランス)はそれを肯定した。 セシルいわく、“イール”はアリシアの体内に入り、アリシアの細胞と融合しようとしていると言うのだ。そして話は天体物理学者のサマンサ・クロウ(シャロン・ダンカン=ブルースター)が発見した“イール”からのメッセージに切り替わる。 研究者チームが送ったメッセージに対し、“イール”が返してきたメッセージは想像もしえないものだった。音の高低をグラフにしたとき、浮かんできたのは2億5千年前に存在していた超大陸パンゲアを取り囲んでいた広大な大洋「パンサラッサ」。その景色は“イール”がかつて南極海から見ていたものではないかと、サマンサは主張した。 “イール”が集合的な記憶を持ち、DNAを通して記憶を後世に受け継いでいるという説が浮かぶ。海洋生物研究所(IBM)の研究員・シャーロット・“チャーリー”・ワグナー(レオニー・ベネシュ)は、“イール”からのメッセージが「これ以上、海を破壊させはしない」というものではないかと推測を述べる。 チャーリーの主張をくみ取りながらも、シグルは“イール”が交信に応えたという点に着目。ただちに人類を抹殺しようという意思はなく、まだ対話の余地があるのではないかと考えられるからだ。 ■人類の“攻撃”に、海が荒れる “イール”が侵入したと思われる潜水艇格納庫の水を採取し、セシルが“イール”に対して反応を示すさまざまな薬品を試す。そのなかで、劇的な反応があったのが“ケタミン”だった。痛みの信号を遮断し、視聴覚に歪みをもたらす救急治療で使われる薬だという。これを“イール”の溶け込んだ水に垂らすと、“イール”は分解されるように死に至る。 人類には害がなく、“イール”への特効薬となるケタミン。その薬効を知ったミフネは「イールへの対抗兵器になるか?ラボの外で」と問いただす。つまり、“イール”を殺すための手段として、役立つのか…という質問。慌てたシグルは、「ようやくイールを発見し、交信ができた。なぜ殺すって話に?」とミフネを止めた。 しかしこうしてチームが北極海に赴いている間も、世界各地では大きな被害が続発していることを知っているミフネ。間が悪いことについ直前、クルーの家族がいる西アフリカを巨大な津波が襲った。壊滅的な被害報告は、ニュースとして彼の耳に届いている。 だがシグルも譲らない。“イール”がどれだけ環境と密に繋がっているのか未知数の状況で彼らを殲滅する行動に出れば、環境への影響も計り知れないからだ。「もし海が死ねば、僕らも死ぬ」科学者チームはシグルの言葉に理解を示すが、船長から「もし世界がイールの存在とその恐ろしさを知れば、あらゆる兵器で攻撃する」という現実的な想定が返ってきた。 交渉を有利に進めるためにも、こちらに“兵器”があることを示していた方がいいだろう…というミフネの言葉に、シグルも最終的に首を縦に振る。そして検証は、潜水艇格納庫のプールでおこなうことに。 セシルがケタミンを1滴、プールに落とす。すると変化は劇的だった。“イール”をはらんだ水が、物理法則を無視して立ち上がったのだ。強烈な音波がガラスを砕き、海まで響いた。船が瞬間的に停電を起こし、ほとんどのシステムがエラーに。明るくなったときには、プールに乗組員・ルーサーが浮いていた。彼は救命措置も虚しく、間もなく死亡。 そして海の怒りはまだ続く。動力を失った船が、引き寄せられるように海を滑り出したのだ。 ■チャーリーの決意と海の答え 海面がキラキラ輝くほどの密度で、“イール”が行動を起こしていた。彼らは船を囲み、驚くほどのパワーで船を流氷に叩きつける。船がドリフトするように海を横滑りしていくさまは、見えざる大きな手を連想してしまう。 そして大きな流氷に衝突した船を、今度は別の大小の流氷が囲む。水面は“イール”の存在を示す光にあふれ、明らかに人類の攻撃行動が彼らの怒りを買ったことを示していた。プールのなかにいた“イール”が死ぬ寸前に発した悲鳴は、海の底まで届いていたのだ。 絶体絶命の危機に、シグルは最後の策を明かす。“イール”に対して、「我々はメッセージを理解した」「子孫と同じように、イールと繋がっている」というメッセージを伝えようというのだ。サマンサたちによる音波交信と、亡くなったルーサーの体に“イール”を注入して細胞的に結びつけたあと“イール”のなかに放つという二段構えで作戦が進む。 機材が復旧したらすぐに交信するために動くサマンサ。そしてルーサーの身体を深海に送る役は、潜水艇の操縦ができるチャーリーに白羽の矢が立った。イールが含まれた注射器を潜水艇に積み、間もなく出発。緊張感が高まるなか、なるべく“イール”の多い深海にたどり着いたチャーリーは、船の操縦が利かなくなったことで「ルーサーの遺体はもう使えない」「私が代わりに行く」と通信する。 驚いた通信室のメンバーから届く制止の声も、通信障害によって途切れた。「チャーリー!」と絶えず呼びかけるシグル。声が届かなかったことを知り、彼の目からは自然に涙がこぼれ落ちる。彼女の悲壮な決意を、感じ取ったのだろう。 チャーリーは本来ルーサーの遺体に打つはずだった“イール”を、自身の心臓付近に注射。そして決意を顔に浮かべながら、潜水艇のハッチを開けて海水を取り込んだ。北極の深海がもたらす冷たさと、間もなく来る確実な死にチャーリーの体が震える。 やがて自動的に潜水艇のハッチが開き、チャーリーの体は深海へ。まぶたは静かに閉じられており、すでに息を引き取っているように見える。そんなチャーリーの身体を、“イール”の光が迎えた。 光がチャーリーの身体を受け止めてしばらく、船を囲んでいた巨大な流氷たちが船から離れ始める。近づいてきたときと同じように、明らかに自然の流れではない力によって動く流氷たち。一度は強い攻撃の意思を示していた海は、再び穏やかさを取り戻したのだ。 それからしばらくして、場面はとある海岸へ移る。遠くに雪山の見える海岸に流れ着いたのは、チャーリーの体だった。亡くなったと思われていた彼女はゆっくり寝返りを打つと、しずかに目を開く。だがまぶたの下から現れた瞳は、明らかにそれまでとは違う鮮やかすぎるエメラルドグリーンに輝いていた。 ■人類の傲慢と海の寛容さ 同作の製作総指揮フランク・ドルジャーは、インタビューで「私はこの作品をディザスターもの(自然災害を描くパニックもの)にするつもりはなく、モンスターもの(怪物を扱った作品)としてアプローチすると決めていました」と語っている。 自然が人間の振る舞いや普遍的な活動の果てに、どうしようもない災害として人類の生活圏に触れる自然災害。たしかに本作は海からの警鐘という一面から見れば災害といえなくもないが、その根底にあるのは2億5千年前から存在していた知的生物“イール”による環境浄化が目的だった。 だがドルジャーの言葉はこうも続く。「ですが、実はそのモンスターは海の中に潜んでいません」。これはさまざまな解釈が可能な物言いだが、ある一面では「人類こそがモンスター」という捉え方も可能だ。 自然を破壊し、“イール”の生活圏を脅かし続ける存在。果てには彼らを直接害する薬剤を発見し、攻撃に出た。一部の“イール”が実際に悲鳴を上げて死に絶えた状況を感じた“イール”が、とっさに攻撃という手段を取ったのは仕方がないことに思える。 「交渉を有利に進めるため」という人類の傲慢な考えが呼んだのは、想像するのも恐ろしい大いなる海の怒りだった。「イールに攻撃の意思はないかもしれない」と語っていたチャーリーの挺身によって怒りは収まったように見えたが、ラストのシーンが意味することとは…。 物語はひと区切りついた形だが、見終わったあともさまざまなシーンとせりふが頭のなかでリフレインする同作。海が示した行動に対する捉え方は、観た人の数だけ存在するはずだ。 ◆文=ザテレビジョンドラマ部