両腕で歩くミャンマーの牧師と合気道開祖の「最後の内弟子」 Vol.6
まさに「地獄」の様相を呈している――2021年に発生した軍部によるクーデター以降、ミャンマーでは軍事政権の国軍(ミャンマー軍)と、軍事組織としてのKNLAを有するKNU(カレン民族同盟)やカチン州、シャン州、カヤ州などの武装勢力が組織した反政府(反軍事政権)の連合的武装組織PDFの戦闘が激化している。今年に入り、軍事政権はついに18歳以上の国民を徴兵するとまで発表した。 2024年現在、ミャンマーに向けられる視線は「反民主的な軍事政権VS民主化を求めるレジスタンス的武装勢力」の構図一色に塗りつぶされているが、はたしてクーデターが発生する前のミャンマー、そのディテールに目を向けていた者がどれほどいただろうか。 本連載は、今では顧みられることもなくなったいくつかの出来事と、ふたつの腕で身体を引きずるように歩くカレン族の牧師を支えた日本人武道家を紹介するささやかな記録である。
お菓子の箱
「明日の朝、役所の責任者の自宅へ行きましょう。クロエの家族構成一覧表とIDカードを見せて、状況を説明し、先方がパスポートの発行を確約すれば、先に半分だけ賄賂を払います」 ビルマ族の協力者が言った。 翌朝、〈イギリス人の組織〉の者と協力者、そして取材班は責任者の自宅を訪って丁重に挨拶した。それから、ひとまず話がまとまったので賄賂の半分を渡した。その後、日中のヤンゴン市内を見物したクロエは、怯えと緊張が入り混じったような硬い表情で、終始、唇を内側に巻き込み、拳も握りしめていた。 タイでも、バンコクや大きな都市部に出た経験があれば、これほど緊張することはないだろうが、硬直の一番の原因が、まだ手にしていないパスポートであることは想像できた。彼女はビルマ語が話せないため、協力者は責任者の家にクロエを連れて行かなかった。 デパートで買ったお菓子の箱の中に収めた賄賂を受け取った役人は、「明後日の午前11時に、その女性を連れて役所へおいでなさい」と言った。