京都に見られる怪しげな地名の理由とは？

　もちろんこの話は単なる言い伝えですが、なぜこのような伝説が生まれたのかというと、実はこの「みなとや」さんのお店がある場所にその理由があると思われます。現在もこのお店がある京都市東山区の松原通大和大路辺りは、その昔から近くに「鳥辺野（鳥部野）」という名前の風葬地がありました。風葬地というのは文字通り遺体を野ざらしにして風化したり鳥がついばんだりして自然に帰るのを待つというものです。平安時代でも貴族等の身分の高い人たちは土葬や火葬が行われていたようですが、一般庶民にはそんなにお金をかけて葬儀をすることができません。そこで亡くなった人の遺体を洛外に持っていって風葬にしていたのです。 　京都には昔、三大風葬地といわれるところがありました。都の北西の嵯峨にある「化野（あだしの）」、都の北にある船岡山から北西一帯に広がる「蓮台野（れんだいの）」というところ、そしてこの「鳥辺野（とりべの）」です。これらの地は言わば生と死が共存する場所です。別な言い方をすればあの世とこの世の境とも言えます。小野篁（おののたかむら）がこの世とあの世を行き来したのもこのエリアが出入り口になっています。鳥辺野の近くにある六道珍皇寺からあの世に行き、化野の近くにある福正寺からこの世に戻ってきたと言われているのです(最近、六道珍皇寺にある井戸の近くに新しい井戸が発見され、篁が地獄から戻って来た井戸は、本当はこちらではないか、とも言われています)。昔の人はおそらくこうした風葬地に何か強い霊的なものを感じていたのでしょう。 　面白いことにこれらの風葬地に現代もつけられている地名がいかにもそれらしい名前なのです。例えばこの「幽霊子育飴」を販売している「みなとや」さんの住所ですが、「京都市東山区松原通大和大路 轆轤町80番地の1」です。昔、この辺りには実際に骸骨が転がっていたそうで、そんなことから当初は髑髏(どくろ)町と言われていたのですが、あまりにもオドロおどろしい名前だからということで、発音の似た轆轤(ろくろ)町に変えられた、ということをお店の方に聞きました。また、北の蓮台野辺りの地名は「閻魔前（えんままえ）町」と言います。まさにあの世への入り口にふさわしい名前といえるかもしれません。さらにこの蓮台野へ通じる南北の通りは「千本通り」と言いますが、そもそもこの名前は葬送地であった蓮台野へ通じる道が遺体を運ぶ道であり千本の卒塔婆（そとば）を立てたことからつけられたとも言われています。 　現代と違って昔は多くの人が人生の最期を自分の家で迎えていたために、誰もが「死」を今よりもずっと身近に感じていたのでしょう。様々な伝承や地名、そしてこの「幽霊子育飴」のようなお菓子にまでそんな「死」にまつわるエピソードが隠されているとは。やはり京都はいたるところ“魔界”だらけなのです。 【連載】”魔界・京都”への誘い（経済コラムニスト・大江英樹）