映画『オアシス』──不器用に、でも精一杯今を生き抜く若者たちのオアシスはどこにあるのか
清水尋也と高杉真宙がW主演している映画『オアシス』は、バイオレンスなストーリーでありながら、切なく甘酸っぱい友情映画でもある。絶望のなかに一瞬の幸せを味わうリアルな若者たちを描いた本作の見どころを解説する。 【写真を見る】緊迫感溢れる戦闘シーンなど、清水さんと高杉真宙の新たな魅力をチェックする
岩屋拓郎監督の長編デビュー作
『オアシス』の物語の舞台は、本作で長編デビューとなる岩屋拓郎監督の出身地でもある名古屋だ。名古屋で「オアシス」と聞いて連想するのは、栄のランドマークのひとつである「オアシス21」。しかし、本作はそんな休日に多くの人々が集まる商業施設ではなく、すぐ近くの裏通りにカメラを置き、「オアシス」の言葉のイメージとは程遠い殺伐としたショットを並べていく。ここには観光するだけではけっしてわからない都市の風景がある。 ■清水尋也の手はタバコを持つためにある 冒頭、雨の中、裏通りを歩くひとりの男の背中をカメラが長回しでフォローしていく。スラッとした首筋、長い指とタバコ、おそらく彼の美しい手はタバコを持つためにある。ろくに食事もとらず、煙を吸って生き延びているかのような細身で長身の身体に生気はなく、しかしながら行き場のない怒りが全身に張り付いているその姿は、まるで冷たいナイフのようだ。在留外国人が東京に次いで2番目に多い愛知という土地柄、日本語以外の言葉も飛び交う裏通りを、ヒロト(清水尋也)は傘もささずに歩いていく。薄暗い画面に暴力の予感がじわじわと立ち込め、ヒロトが1台の車に乗り込むと、その予感は確信へと変わる。オープニングタイトル、ついさっきまでの出来事がなにもなかったかのように青空が広がり、橋上の鉄骨が頭上を通り過ぎていく。橋を渡るとオアシスに辿り着けるのだろうか? ■子どもみたいに笑う高杉真宙 富井ヒロトはヤクザである。本作の暴力団の設定や事件はもちろんフィクションではあるものの、名古屋と暴力団の歴史、現在も行われている抗争、暴対法や暴排条例による暴力団の衰退や若手組員の減少などの実情は、作品内でそこはかとなく示唆されている。若いヤクザとして生きるヒロトの暮らしは楽しそうなものではない。そんなヒロトのもとに子供の頃に一緒に過ごしていた幼馴染のふたりが現れる。 犯罪組織のメンバーで身寄りのない若者のリーダー的存在の金森(高杉真宙)は首にフクロウのタトゥーがあり、身のこなしは軽やかで無邪気に笑う。コーヒーに砂糖をどばどば入れて、トイレで用を足すときもズボンを地面につけてしまう姿は子どものようだ。紅花(伊藤万理華)は過去のトラウマのせいで記憶障害になっており、昔のことを思い出せない。しかし、彼女は洗濯物を洗うように、もしくは絡まってしまった有線のイヤフォンを解くように、ヒロトと金森のわだかまりを柔軟な立ちふるまいで解消していく。3人は最悪のシチュエーションでふたたび集まることになり、ヒロトと金森がはじめて同じショットの中に収まると、一気にアクションが加速していく。劇中で頻出する登場人物の後ろ姿をフォローするカメラワークで、階段を駆け上がる3人を躍動感たっぷりに捉えたアクションシーンは見どころのひとつだ。 ■ずっとこの3人を見ていたい 後半、3人は一緒に行動することになり、かつての秘密基地を訪れる。そこでイ・チャンドン監督の『バーニング』を彷彿とさせる喫煙シーンや、最近の日本映画ではお馴染みとなっているカップラーメンを美味しそうに食べるシーンなど、危機的状況にありながらもひとときの幸せを享受する3人の様子が描かれていく。『チェンソーマン』や『呪術廻戦』のメインキャラクターの3人組と同じくらい、ヒロトと金森と紅葉、いや、清水尋也と高杉真宙と伊藤万理華と言ってもいいかもしれないが、この3人が一緒にいる光景は微笑ましく、この幸せがずっと続けばいいのにと思わず祈りたくなってしまう。 黒い服を着ながら日々を死んだように生きていたヒロトは、ここで白黒のシェルジャケットに着替える。生と死、未来と過去、ヤクザとカタギ、橋を渡ると白と黒のどちらの世界に辿り着くのか。何もわからないまま、映画はクライマックスに突入していく。そんな3人の行く末を劇場で見届けてほしい。 ■可能性に溢れた1本 三宅唱監督の『ケイコ 目を澄ませて』や、山戸結希監督の『ホットギミック ガールミーツボーイ』など、これまで様々な監督の撮影現場に参加してきた岩屋拓郎監督の経験が、本作では多くのシーンで活かされているように感じた。撮影時には監督も主演の俳優たちも20代だったのだから驚きである。10代の頃に出会い、これまで『渇き。』や『東京リベンジャーズ2 血のハロウィン編 -決戦-』など数多くの作品で共演してきた清水尋也と高杉真宙のW主演となった本作、まるでベン・アフレックとマット・デイモンのように、ふたりの交流がこれからも映画業界で続いていくことに期待したい。今年、主演を務めた『チャチャ』が公開され、来年には『港に灯がともる』の公開も控えている伊藤万理華の活躍も楽しみだ。10年後に振り返ったとき、日本映画界の若き才能が集まった1本として『オアシス』は重要作になっているかもしれない。橋の向こうには明るい未来がきっと待っている。 『オアシス』 2024年11月15日(金)より新宿武蔵野館ほか全国公開 配給:SPOTTED PRODUCTIONS ©2024『オアシス』製作委員会 文・島崎ひろき 編集・遠藤加奈(GQ)