奥野瑛太の主演作、映画『心平、』──東日本大震災から3年後の福島で生きる、ある家族の物語
2014年の福島を舞台に、立ち入りを制限された町に足を踏み入れた主人公の心平と、その家族の葛藤を描いた人間ドラマだ。主演の奥野瑛太に直撃した。 ギャラリー:奥野瑛太の主演作、映画『心平、』──東日本大震災から3年後の福島で生きる、ある家族の物語
爪痕
東日本大震災から3年が経った2014年の夏。福島のある小さな村で妹と父と3人で暮らす軽度の知的障害を持つ青年、心平。兼業農家の父を手伝いながら暮らしていたが、原発事故により農業ができなくなってしまい、今は無職だ。家具や衣服がそのまま残された空き家や荒れた畑──震災後、まるで捨てられたような様相を呈する立ち入り禁止区域をぐるぐると歩き回る日々を送っている。 映画『心平、』のメガホンを取ったのは、山城達郎。石井岳龍、廣木隆一、青山真治といった名監督たちの助監督を務め、2022年に『ダラダラ』で長編映画監督デビューを果たした気鋭である。心平を演じたのは、昨年約10年ぶりの主演作となった『死体の人』で死体役ばかりが回ってくる俳優を演じたことも記憶に新しい奥野瑛太だ。日本大学芸術学部映画学科在学中からインディペンデント映画や小劇場で活動をスタートし、バイプレーヤーとして多くの作品に出演しながらも主演作が続く奥野は、未だ震災の傷跡が残る福島で撮影された『心平、』を通じて何を感じたのか? ──『心平、』を手掛けた山城監督は奥野さんが出演した『激怒』(2022年)で助監督を務めていました。監督から『心平、』のオファーを受けた時の気持ちを聞かせてください。 いただいた台本を読んだ時点で東日本大震災後の福島を描いた話だということがわかったと同時に見過ごせない問題意識が描かれていると感じました。僕は2011年当時東京にいて、震災をテレビの向こう側の出来事として捉えてしまっているようなところがありました。ボランティアをやったこともありませんし、何もできずに見過ごしてきてしまった感覚があったので、『心平、』を通じて震災のことを見つめていきたいと思いました。 ──奥野さんが演じた心平というキャラクターの魅力は? 心平はその瞬間感じていること、思ってしまう事が世の中のすべてのような感じがします。これは憶測ですが、ひとつ前の感情と今の感情が繋がらないくらい全身全霊で今を感じているところが魅力的だと思いました。心平のお風呂に入る時の服を脱ぐ時の動作が父親に似ているのは、父親をずっと見てきたからそのやり方が全てだと思っているんだろうし、妹が欲しいと言っていた財布と同じものを見つけたら持って帰ってしまうこともごく当然のことなんだと思います。昔からずっと心平なりに納得することをやっているだけなんです。街をぐるぐると歩き周っているのはこの作品における重要なメタファーのように感じます。心平を軽度の知的障害を持っている設定にしたことも含めて、山城監督は震災によって大きく変化した環境の中で変化せずに純粋無垢なままでいる心平を通して変わらないことの大切さを見つめたかったんじゃないかと思いました。 ──震災から10年以上が経ってもなお傷跡が残り続ける福島県で撮影をする中でどんなことを感じましたか? 海岸から内陸部に至るまで福島県のいろいろな場所で撮影をしました。立ち入り禁止区域であることを示すフェンスのところに警備員が立っていて、放射線量を調べながら時間が来たら交代するところを見たり、津波によって多くのものが流されて廃屋になった家が点々としている場所にも行きましたし、原発の冷却水を海に放出している近くでサーファーがサーフィンをやっている光景も見ました。川内村を拠点にして撮影をしていたんですが、大衆浴場で地元のおじさんたちがサウナに入りながら「今日はどこどこの区域の担当だったんだけど、あそこの道が繋がったら少しは暮らしやすくなるね」という会話が聞こえたり。劇中で心平が忍び込む空き家の中には、震災前に住んでいた方たちの家族写真が置いてあったり、ハンガーにかけてある服が埃を被っていました。ずっと止まったままの景色と震災後の景色が混在するような中での撮影でした。 ──そういった場所で撮影することはお芝居との向き合い方に何か影響を与えましたか? どの撮影でも土地や空間といったいろいろなことに影響を受けるので特別大きな違いがあったわけではないのですが、今回はあまりにも大きな喪失感がある場所だったので言葉にできないような感覚はありました。 ──震災の傷跡を通し、一番近い他人である家族との関係性における難しさも描かれています。どんなことを思いましたか? 僕は地元から出た人間で、心平とは置かれている状況が大きく違いますが、心平は大切に守ってあげなければいけないと思われることが多かったと思うんですよね。でも、心平は能動的に生きていく欲求を持っています。「鳥かごから出ていく」だったり、「殻を破る」だったり、「しがらみから抜け出す」っていう意味合いもあるとは思いますが、そこには家族の愛情があります。だからこそ衝突が生まれるんだと思いました。 ──名バイプレイヤーとして多くの作品に出演してきた奥野さんは、昨年は約10年ぶりの主演作『死体の人』が公開され、2024年もまた主演作『心平、』が公開されます。環境の変化は感じますか? 全くないですね。やってることは変わらないですし。『死体の人』は「主演です!」というよりは映像の端っこで映っている俳優の役でしたし、心平もいつも以上に恣意的な感情が生まれないように意識した役だったというのもあると思います。適材適所、与えられた役を演じているだけなので脇役か主役かは意識しませんし、その違いを重要視することもないと思っています。 自分の中に充満するものを増やしていく ──作品を重ねる中で、お芝居との向き合い方は何か変化してきましたか? 自分の中に充満するものを増やしていくぐらいしかできないというか。いろいろなものに対する興味がなくなるのは怖いですね。どう充実させていくかということに対してずっと能動的でいられたらいいんですが、恣意的な感情が入ってくるとどうしても計算が働いてしまう。いろいろなアンテナに触れながら、できるだけぽかんとしていられたらいいなと思っています。「なんかわからないけどそうなっちゃった」っていう状態になりたいんですけど、難しくて。特に心平は「なんかわからないけどそうなっちゃった」ということが連続している人です。だから余計に「難しいな」と思いながら演じていました。経験を重ねると手法をいろいろと学んでしまいますが、なるべくそういったことを忘れてぽかんとしていたいんですよね。 ──作品がクランクアップした時の気持ちを聞かせてください。 「ごめんなさい!」って思っています(笑)。でもそれは僕の生理的な話なので、作品にとっては関係のないことなんですが、毎回頭を抱えて向き合いながら「大丈夫だったかな」という気持ちになっています。 ──役者を続ける原動力というと? 辛い時もありますが、楽しいと思える瞬間が絶対にあるものなんです。自分から離れて役になれた感覚になれることもあります。自分が参加させていただいた作品を見て「良い作品だった!」と思えるのはとても楽しいです。周りの人が自分とは作品の捉え方が違ったとしても、朗らかに作品を捉えてくれるとまた別の嬉しさがありますね。「監督やったね!」と思いますし。作品作りはひとりじゃできないので面白い。監督さんを含めスタッフの方、俳優さん、面白い人ばかりなんですよね。そういった方たちに会えることも原動力のひとつです。 ──役者をやる上で影響を受けた人は誰ですか? たくさんいますね。お兄ちゃんのような存在の水澤紳吾さんだったり、真田広之さん、浅野忠信さん、田中泯さん……本当にいっぱいいます。「なんでそういう感じで立っていられるの?」と思うようなお芝居をする方たちばかりで興味が尽きないですね。そのすごさに触れてみたいという気持ちになります。 ──普段映像作品を見る際は、劇中の役を自分が演じるという視点を持ちながら観られるのでしょうか? 意識せずとも「この瞬間にそういうことができるのはすごいな」とか「何気なく言ったように映ってるけど、普通はそうは言えないよね」っていうようなことを思うことはありますが、皆さんとそこまで変わらない感覚で見ていると思います。街中とかで人を見るような視点とほぼ同じだと思います。 ──最近刺激を受けた作品はありますか? なんとなく「ちゃんと、したたかさを持っていたいな」と思っていた時に『夜明けのすべて』を観て「三宅(唱)さんはすごくしたたかだな」と思いました。もちろんいい意味で。脚本も演出もすべてがきめ細やかで、画面の端に映り込むセット・装飾に至るまで作品の世界観を構築するのにいい影響を与えているなと。ものすごい細かいことなんですけど、抜け目がなさすぎてすごいなと(笑)。あと、沖田修一監督の『おーい!どんちゃん』。ご自身の娘さんを7年間以上にわたり撮影したフィクション映画なんですが、話の内容もとてもユーモラスで、長い間関わったであろうキャスト・スタッフ、観ている人まで全員が朗らかな気持ちになる作品に圧倒されました。物事を見つめ続けるしたたかさが作品の奥行きにも繋がっているんだろうなと。僕はすぐに感情が昂ってしまうところがあるので、見習ってもう少しどっしりとへこたれないで粘り強くありたいなと思います。 『心平、』 2024年8月17日(土)より新宿 K’s cinema ほか全国順次公開。妹のいちご役には、芦原優愛(ドラマ「おっさんのパンツがなんだって いいじゃないか!」など)、父の一平役には、下元史朗(『なん・なんだ』(主演)、『痛くない死に方』など)など実力派俳優が出演。全シーン福島のロケーションで撮影(撮影期間:2023年8月下旬~9月頭)され、空っぽな家々、原発、海、放棄され た田んぼ、天文台などが物語の世界観を彩っている。 奥野瑛太 1986年生まれ、北海道出身。日本大学芸術学部映画学科に在学中から自主映画や小劇場で活動。2009年、映画『SR サイタマノラッパー』のMC MIGHTY役で注目を集め、2023年の映画『死体の人』に主演。連続テレビ小説『エール』、『最愛』、『JKと六法全書』等にも出演。
文・小松香里 写真・田邊 剛 スタイリスト・清水奈緒美 ヘアメイク・HORI (BE NATURAL)編集・高杉賢太郎(GQ)