心臓外科医が説く「手術に向き合う」心の整え方、「ゾーンに入る」ことを期待してはいけない
とはいっても、長い人生においてさまざまな人の影響を受けて、自分も気づかないうちに、それを見失ってしまうこともあるでしょう。 だからこそ、白衣を着たら何をすべきか思い出すことが医者に必要なように、みなさんも、たとえばスーツを着たとき、仕事着を着たとき、「なんのためにやるのか、誰のためにやるのか」を思い出す習慣をつけてください。それだけで、心が本来の目的に立ち戻るきっかけをつかむことができるはずです。
■手術を「医療側の秘事」にしてはいけない みなさんはドラマや映画での場面以外に、実際の手術の現場を見たことがありますか? おそらく、医療関係者でもない限り、ほとんどの人が「ない」と答えることでしょう。 「手術室は閉ざされたもの」というのが、かつては常識でした。 でもご家族は、心配で「手術の様子を見ていたい」と思われるのではないでしょうか。密室のなかで何が行われているかわからないのでは、不安が募るのも当然です。見てもらえばよいのではないか、と私は思いました。
「手術は医療側の秘事であって、他者に見せるものではない」 そのあり方には、ある種の権威主義的意識を感じます。医師が自信を持って適切な手術をしているのであれば、ご家族に見ていただいてもなんの不都合もないはずでしょう。 ■手術は医師と患者の「共同作業」 そこで私は、「ニューハート・ワタナベ国際病院」の手術室をガラス張りにしました。希望されるご家族には手術の様子を見守ってもらっています。スタッフがどのように関わり、手術がいかに進行しているかを実際に見て納得していただきたいからです。
これは私がタイの病院を視察した際に初めてガラス張りのオペ室を見て、「導入しよう」と思ったことがきっかけでした。私が知る限り、日本にはガラス張りでご家族に見てもらえる手術室は当院にしかありません。今後、開かれた手術室が全国に広がることを望んでいます。 もう少し言えば、手術は医師が一方的に行うものでもありません。手術は、医師と患者さんの共同作業です。患者さんと医師の信頼関係が築けてこそ、その後のみなさんの人生を有意義にする手術が行えます。
絶対に病気を治す、手術を成功させる―。そのために私は、つねに最善を尽くします。と同時に、患者さんにも強い気持ちを持っていてほしいと思っています。 さらには手術室や医療の現場を開かれたものにすることで、お互いの不安をなくし、物事が前向きに進むことを願っています。都合の悪いことは隠したくなるのが人情ですが、じつは隠さないことこそ、心の乱れをなくす第一歩なのです。
渡邊 剛 :心臓外科医、ニューハート・ワタナベ国際病院総長