「曲に体の細胞が全部反応している!」高橋大輔の演技に長光歌子が感じた才能とは
【「本当に奇跡」のスケート人生】 ーー高橋さんのスケート人生は、まさに漫画や小説のように奇跡と夢にあふれていました。 大輔は本当に奇跡だと思いますね。幼い頃、たまたま裏山にリンクができましたが、もしそれがなかったら難しかったでしょうね。スケーターになるって少し特殊で、その出会いと環境がないといけないので。 親御さんの理髪店に、ホッケーが好きなお客さんがいて、リンクに誘われたらしいですね。当時はお兄ちゃんたちが少林寺で賞状をもらっていて、大輔も「自分も」と意気込んだけど、怖くて嫌で。それでリンクに行った時、ホッケーよりも隣でやっていたフィギュアスケートに興味を示したようです。ご両親も飾るところがないすばらしい人たちで、それに関わる方々もいらっしゃって。どの要素ひとつ欠けてもこうはなっていないでしょうね。 ーー高橋さんは記録と記憶を残して一度引退したあと、4年ぶりに現役復帰して全日本選手権2位、さらに別種目のアイスダンスで全日本王者と、どんなドラマよりもドラマ性がある人生です。 本当ですね。私はたくさんの選手を教えてきましたが、大輔は周りに必要な人が来てくれました。アイスダンスでも、(村元)哉中ちゃんはカップルを解消したあとで悶々としていて、もしパートナーがいたら大輔と組んではいないでしょう。 (アイスダンス界の名伯楽で五輪金メダリストを次々に輩出した)マリーナ(・ズエワ)も半分リタイアするつもりで、(声をかけた)タイミングがよく一緒にできた。(高橋と周りの関係は)必然があって、あとから考えると、こういうことだったんだって。 第2回<高橋大輔に長光歌子が伝えた「日本人として恥ずかしなくマナー」 アジア初の偉業を回顧>を読む 第3回<高橋大輔は指導者としては超ストイック? 次世代への継承を長光歌子と考える>を読む 特別編<長光歌子が展望する今季世界選手権 高橋大輔が優勝したトリノは「用意された舞台のようだった」>を読む 【プロフィール】長光歌子 ながみつ・うたこ 1951年、兵庫県生まれ。自身の現役時代には、全日本ジュニア優勝、全日本選手権6位など活躍。引退後はコーチ兼振付師として活動し、数多くのトップ選手を育てる。バンクーバー五輪銅メダルの高橋大輔が中学時代からコーチを務めた。
小宮良之●取材・文 text by Komiya Yoshiyuki