対称性をはかる数学『群論入門』
「前書き図書館」メニューページはこちら 群論の世界を視覚的に捉える! あみだくじ、正多面体、正多角形、15ゲーム、駐車場の移動問題を通して、集合や写像の考え方を学ぶ。 さらに、ガロアの群論の基礎をなす5次交代群とオイラーの「36人士官の問題」に遡りながら、群によってあぶりだされる対称性の性質や特徴を垣間見ていく。 はじめに 群の歴史は,方程式の研究に遡る。1変数のn次方程式の解法について, nが2の場合は既に古代パピロニアで知られていた。nが3の場合はカルダノ(1501年~1576年)の方法として後世に伝わっており,またnが4の場合はフェラリ(1522年~1565年)が発見している。ラグランジュ(1736年~1813年)は,根(解)の置換という観点からnが2, 3, 4の場合の解法を基にしてnが一般の場合を研究しそれがルフィニ(1765年~1822年),アーベル(1802年~1829年)による5次方程式の解法の不可能性,そしてガロア(1811年~1832年)によるガロア群の研究へと発展したのである。 方程式論の立場からラグランジュが行った研究では,後に広く知られるようになった「ラグランジュの定理」(5章1節)の端緒となる結果を発見しそれが群論の始まりとなった。それだけに,文字の置換の辺りから群論を学ぶことは歴史的にも自然な流れだ、と言えよう。本書の予備知識は,微分積分や統計などを除く高校数学として,上記の立場から群論の初歩を一歩ずつ学ぶ書として完成させたものである。 1章では,置換を視覚的に理解するあみだくじの性質を学ぶ前に集合や写像などの基礎的な用語をいくつか学ぶ。それは将棋の世界に例えると.駒の動かし方を頭に入れるところだと理解していただければ適当だろう。すなわち,そこで現れる用語は最初にきちんと理解しておけば.本書は全体的にかなり読みやすくなるはずである。 群の定義に関する詳しい説明は2章と3章で行うが,整数全体に足し算という演算を考えたもの,あるいは1つの正六角形をそれ自身に重ねる合同変換全体を考えたもの,それらは群の例になる。群は, 1つの集合とそこで定められる1つの演算に関して,結合法則が成り立ち,単位元というものが存在し各元に対して逆元というものが存在するものである。 たとえば,上の整数全休の集合については, 0が単位元で,整数mの逆元は-mである。また上の正六角形の合同変換全体の集合については,単位元は全く動かさない変換で,各合同変換fの逆元は,fを逆に戻す合同変換である,といった具合だ。このように群は,素朴なものだけに応用は様々な分野に及ぶ。 37年間にわたって,大学でいろいろな数学の講義を担当してきた経験として,私は次のような教訓を得た。それは,微分積分の学びでは多様な計算練習を積んだ後から理論をしっかり学ぶ方法も悪くないが,群論を含む代数学の学びについては,最初から理論を一歩ずつ積み上げて学んでいく方法が適切だということである。 ただ,そこにおいて注意すべきことは,抽象的な議論を進める上では,登場するいくつかの公理が意味する幅広い具体例を大切にしなくてはならない,ということである。そこで本書は,とにかく例を大切にして「群論の基本」を学ぶものであるが,その例に関しては視覚的に捉えられる正多角形や正多面体,あるいは文字の移動に関する様々なゲームを用いている。 そのような学び方は,数学以外の分野への群論の応用を視野に入れても適当であると考える。たとえば,化学における分子の対称性を学ぶとき,回転や鏡面での反射などの用語が現れるが,それらに繋がる図形の合同変換などの概念を先に学ぶことになるからである。また自然科学以外でも,比較言語学の研究にも対称群などの対称性の強い群が用いられていることも指摘しておきたい。 一方, 5次方程式は一般に解けないことを基礎から理解する上で,「5文字上の偶置換全体からなる5次交代群は単純群である」という性質を理解する必要がある。当然,ここでも群論は重要な役割をもって登場するが,ガロア理論の本筋だけを急いで学んだ学習者は,概してその証明をしっかり学んでいない場合も少なくないようだ。そこで,その平易な証明を5章の最後に述べた次第である。 本書の後半では. 2行2列の行列がつくる群を重要な場面で用いる。その背景には,高校数学に関する直近の学習指導要領まで,それらの学びが入っていたことがある。したがって,その群を5章と6章で用いたことに抵抗はないが,学んでいない読者も想定して3章で一通り復習した。 さて,世の中には「5次方程式が一般に解けないことが分かったからといって,なんの役にも立たない」と言う人達が意外と多くいる。 私は数学教育活動を始めて20年になったが,このような発言に対して一つずつ誤解を解くように説明してきた20年でもあった。5次方程式に関しても,ガロア理論で現れる「体(てい)」の考え方が現在の符号・暗号の理論の基礎となっているのである。 その符号・暗号の理論と近い内容に,直交ラテン方陣というものがある。この研究はオイラーが1779年に出した「36人士官の問題」に遡るが(1900年に解決),とくに直交ラテン方陣の完全直交系に関する未解決問題を部分的にも解決することは,符号・暗号の理論の発展にとってきわめて意義のあることだと考える。6章ではその辺りのことにも触れるが,最後にここで述べておきたいことがある。 それは,直交ラテン方陣の完全直交系に関して解決している内容は,「群」という強力な道具が効く部分である。 「群」が直接には効かないと思われる部分は,人類が未だ手も足も出せない領域だと言えよう。これは,「群」というものが非常に強力な概念であることを示していると同時に,「群」を乗り越えるような素晴らしい“道具”の発見を人類に促しているように思えてならないのである。この方面にも関心をもっていただけることを期待したい。 本書のオリジナルな原稿には,群の例の扱い方にきわめて分かり難い部分があった。それらの部分を上手に紹介する助言をブルーパックスの小澤久氏にいただいたことが,本書の完成に至る上で、大いに意義のあることであった。また,北海学園大学工学部の速水孝夫氏には原稿を一読していただき,いくつかの重要なコメントをいただいた。さらに,桜美林大学での私の講義を受けたリベラルアーツ学群数学専攻の学生さん達からは,「先生のその説明は分かります」,あるいは「先生のその説明は分かりません」と率直に何度も明るくコメン卜していただき,本書の内容の土台をつくることができた。 ここに,皆様に心から感謝の意を表す。 著者 芳沢光雄(よしざわ・みつお) 『 群論入門 』 対称性をはかる数学 芳沢光雄=著 発行年月日: 2015/05/20 ページ数: 176 シリーズ通巻番号: B1917 定価:本体 800円(税別) ⇒本を購入する(Amazon) ⇒本を購入する(楽天) (前書きおよび著者情報は初版刊行時点のものです)
芳沢 光雄(数学・数学教育)