金属部品メーカーFAVIの新しいCEOが目指した「WHY企業」とは?
「自由と秩序」の両立によって機能不全から蘇り、飛躍の途へ――。そんな理想を体現した企業が世界には存在する。ルールによる抑圧的な管理を放棄し、人と組織を解き放った革新的なリーダーたちは、何を憂い、何を断行したのか? 本連載では、組織変革に成功したイノベーターたちの試行錯誤と経営哲学に迫った『フリーダム・インク――「自由な組織」成功と失敗の本質』(アイザーク・ゲッツ、ブライアン・M・カーニー著/英治出版)から、内容の一部を抜粋・再編集。 第2回は、硬直的な命令系統に縛られていた欧州の金属部品メーカーFAVIを事例に、「どうするか」を追求するHOW企業と「なぜ」を考え続けるWHY企業の違いを考察する。 ■手袋の交換コスト FAVIは、古い経済(オールドエコノミー)そのものを代表する企業で、水道の蛇口用部品と自動車のシフトフォーク* のメーカーだ。ファミリー企業だったところに、ゾブリストは空からパラシュートで舞い降りたようにCEOに就任した。 * シフトフォーク:変速機内でギアを切り換える部品。 実は、本当にヘリコプターでやってきたのである。FAVIのオーナーは物事を唐突に進めるのが大好きだった。行き先も告げずにゾブリストをヘリコプターに乗せ、一時間後にFAVIの工場に到着すると、前代未聞のやり方でこの会社のトップの仕事をオファーした。オーナーはヘリコプターが到着するや全従業員を集め、ゾブリストを含む全員に、彼が新しいCEOだと告げたのだ。そして、工場にやってきた時と同じく突然去っていった。 それから三週間、オーナーからは何の連絡もなかったが、ある日電話が鳴った。オーナーは言った。 「みんなは君を食べなかったかね? 5 」 「ええ」とゾブリストは答えた。 「じゃあ、大丈夫だ。そのまま社長でいてくれたまえ」。そして一息つくと、こう付け加えた。「君の任務は次の通り。金儲けをすること。刑務所に行かないこと。以上だ」 5. Jean-François Zobrist, La belle histoire de FAVI: L’entreprise qui croit que l’homme est bon (Tome 1: Nos belles histoires)[ FAVIの素敵な物語―人は素晴らしいものだと信じている会社(第1巻:私たちの素敵な物語)] (Paris: Humanisme et Organisations, 2007), pp. 24-25. 同書の裏表紙には、その著者が「ファヴィエン(FAVIの大ファン)」で、他のファヴィエンたちから聞いた話を「書き留めた」だけだと書いてある。その著者とはゾブリスト本人で、12年間にわたって毎週自分で書いては全社員に配っていた物語を編集したものだった。本書では、同書からの一部を引用する許可を与えてくれたゾブリストに感謝する。 ゾブリストは、極端な言い方をするオーナーの癖をよく知っていたので、その命令をこう解釈した。「法律の範囲内で、あなたのしたいように自由にしてくれて結構です」と。ゾブリストにとっては願ってもない条件だった。 ところが間もなくして、FAVIの従業員たちがあまり自由でないことに気がついた。ある日ゾブリストが工具収納室の前を通りかかった時、社内の雰囲気の一端を知ることになった。そこには従業員のアルフレッドが閉じた窓の前で何かを待っていた。 「何を待っているのですか?」とゾブリストは尋ねた6 。 「手袋の交換です」とアルフレッドは答え、すぐに言葉を継いだ。「これが上司からの伝票と、古い手袋です」 6. Ibid., p. 26. こうしてゾブリストは会社の慣行を知った。作業員は自分の手袋を使い切ると職長にそれを見せる。職長が手袋交換の伝票を切る。作業員はそれを持って作業場を横切り―同僚たちと雑談をしたり、恐らくトイレに立ち寄ったりしながら―工具収納室のベルを鳴らし、管理人が出てくるのを待って伝票と古い手袋を渡す。そこで新しい手袋を受け取って持ち場に戻る。このプロセスには、管理人が居合わせてベルを鳴らすとすぐに対応してくれたとしても、優に10分はかかるだろう。 そこで、ゾブリストが会計部門に問い合わせたところ、アルフレッドが働いている装置を動かすのに一時間当たり100ドル相当のコストがかかるとの答えが返ってきた。つまり、作業に必要な手袋一組を交換するたびに15ドル以上、手袋自体にかかる費用の二倍近くかかることが判明したのだ。手袋の交換にかかる本当のコストは非常に高く、たとえば手袋を無料で従業員に配り、何人かが自宅のガーデニング用に時々追加の一組を家に持ち帰ったとしても、そちらの方が会社には安くつく、ということなのだ。